第十三話


(デス花のあんな表情……初めて見たな……)

 お前を死なせないと言い切ったときの真剣な表情。

 そして、前を向けているかと自問自答する際の沈んだ表情。

「自分は前を向けている、そう言っていたけどさ。どこか悲し気な顔で言っても説得力ないよね……」

 あれから私は、デス花らに二言ほど告げてから帰った。

 『やることないから帰るね』『まだ今度ね』と。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、あそこで過ごしたくはなかったから。

 ネットカフェのある雑居ビルを抜け、まだ人の多い大通りへ。

(……三人の過去に何があったんだろ。物心付いたときぐらいから一緒ってのは聞いたけど、ぶっちゃけそれぐらい)

 彼女らにとっての家族は自分達のみ、親はおそらくいない。今起きている事件の黒幕と関わりがあって敵視している。

 奴を倒すために、そして誰とは言ってなかったが助けるために生きていると。

(全部全部、知っておくべき……なのかな)

 単純な好奇心などではない。今の私はチミドロフィーバーズの一人、彼女達の仲間として理解しておきたい。

 それで、何か力になれることがあれば……

「でも…………」

「あれ、切崎ちゃん?」

 優しく落ち着いた聞き覚えのある声、振り返る。

「まさかこんな街中で再開するなんて思わなかったな」

「……あ、お、折神さん!?」

 憧れの人に協会支部だけでなく、外でも会えるなんて。しかもオフの日に。

 魔法装束でもなくスーツでもなく、丈の長いロングコートを身に着けた姿。派手さはない。けれどその恰好から、私のような一般人にはない芸能人オーラがビンビンに伝わってくる。

「切崎ちゃんもお出かけ?」

「は、はい……! まあ、でも帰るとこですけどね。それで、『も』ってことは……」

「うん、今日仕事がないからのんびりしようと思って。こうして会ったのも何かの縁だし、どこかでゆっくりお話ししない? ここはちょっと騒がしいからね」

 困った顔で辺りを見回す折神さん。それに習って見てみると、周辺の人達がこちらに、主に折神さんへと目を向けていることに気付いた。

 彼女はメディアで露出が多く、簡単に言えば人気者。注目を集めてしまうのは当然だ。

「そう、ですね……これから予定なんてないですし……」

 ふと、脳裏に過るのは、協会支部での彼女の態度。

 嫌い。一筋の光さえ無い真っ黒な瞳を宿し、そう告げられたときのこと。

(あの後、冗談って言ってたし、大丈夫だよね……変なことされないよね……)

 自分を助けてくれた憧れの人を、信じないでどうすんだって話だよね。

「ぜ、是非! ご一緒させていただきます」

「そう、いい子だね。切崎ちゃん、付いてきて」

 微笑み、背を向け歩き出す。あんないい笑顔する人が、悪い人なわけないか。

 彼女の後をピッタリ一歩半距離を開けて追い、大勢の目から離れる。

(ゆっくりお話しできる場所、どこだろ……やっぱり定番のカフェとかかな。折神さんならいいとこ知ってそう)

 凄い穴場のお店とかで優雅に過ごしているんだろうなあ、いやフランクな面もあるようだしもっと意外な場所なのかも。

 なんて妄想を巡らせながら、折神さんに大人しく着いて行く。

「うーん、ここはまだ人目に付くかな」

 余程人に注目されるのが嫌なのか、人の少ない所へとどんどん進んで行く。幾分か歩いて、辿り着いたのは寂れた街道。当然オシャレなカフェなんかは見当たらない。

「何か、怖い場所に出ましたね……この先にその、ゆっくり話せるって場所があるんですよね?」

「そうかもね」

「……そうかもね?」

 折神さんは振り向きもせず進んでいく、そして入っていくのは光の殆ど差し込まない路地裏だった。

「うん。ここなら誰もこないし、人目に付かない。ゆっくりお話しできるね」

「え……ここ、ですか……? もっといい場所があるような……」

 路地裏を抜けて更に進むわけでもなく、その場に留まり足を止めた。

 確かに人はいないけれど、ゴミが地面に捨てられていたりと不潔で、とても話し合いに適した場所だとは思えない。

 私の訴えなんて耳に届いていないのか、折神さんは無視して話を切り出す。

「あのね、私に教えてほしいの。毎回毎回、チミドロフィーバーズはどうして突然現れる魔獣に対処できるのか」

 振り返り、私の方へと一歩ずつ一歩ずつ迫る。退こうとするより先、折神さんは私の肩に触れて無理やり壁へと寄せた。

「蝙蝠のとき以外は、すべて私達より先に倒していた。偶然じゃないよね、明らかに魔獣の出現を予知できる力があるはず。それが何か、教えてほしい」

「折神、さん……?」

 こちらに詰め寄り、そして見つめる彼女の目はあのときのものと同じ。黒い泥が渦巻いているような闇に染まった瞳。

 殺意でも敵意でもない、けれど何かを宿したその眼を見て、心臓が激しく鼓動する。

「私としては放置した方が楽出来ていいんだけどね。お上がちょっとうるさくてさ。私に原理を教えてほしい。そして協会に事件の対処を任せてほしい。私達の面子に関わるからさ」

「面子? ……面子、ですか」

 五年前助けられたあと彼女のことは、優しく強く誠実な人だと思っていた。そして実際会ってみて印象は変わったけれど、良い人だろうという思いは変わらなかった。

 けれど本当の彼女は、きっと違う。ドス黒い闇を内に宿した二面性が激しい女性。

「君がチミドロフィーバーズに所属したのは最近だけど、流石に伝えられているよね。どうして現れた魔獣にすぐに対処出来るのか」

 確かに知ってはいるけれど、口には出来ない。

 ――――――あの男を倒すために生きてる

 デス花が私と話しているとき、そう口にしていた。

 この事件を解決することが彼女にとっての生きがい。それを私が無駄にしていい訳が無い。

「ご、ごめんなさい……加入した今もまだ聞いてなくて、よく分からず戦ってるんです……」

「…………」

 相手は何も言わず、私の表情を観察するようにぐいっと顔を近付けて来た。流れる沈黙。重い空気に耐えられなくなり、額から垂れる一筋の汗。

 するとそれを指先で拭い、舐めるのだった。

「ひっ……!」

「私はね、人の汗を舐めると嘘を付いているか分かるんだ」

 直接舌で舐められた訳じゃないのに、鋭い悪寒が全身へと走る。

「これは、嘘の味」

「ば、バレて……というより、何でそんな漫画の登場人物みたいな能力を……⁉」

 答えは無く、ただ口角を上げて不気味な笑みを見せるだけだった。

「ねえ、何で人が一切通らないだろうここに連れて来たか分かる?」

 考えずともわかった。

 もしここで乱暴なことをされて声を上げても、誰も助けてくれないということ。まさか私が話さないのなら、そんな強引な手段で。

「察しのいいタイプには見えないけれど、そこまで馬鹿ではないよね」

「ま、まさか殴ったり蹴ったりの暴力……!?」

「フフッ、私がそんな野蛮に見える?」

 彼女はコートの袖に手を伸ばし、懐から取り出したのはカッターとハサミとコンパス。それらを構えて首元に向けて来た。

「文……房具?」

「日常でよく見る物だからって侮らないでね。拷問や脅しには役に立つんだから。もしこのまま知ってることを話してくれないのだったら……後は、ジャキン」

「拷問も脅しも十分野蛮……」

「いや、使ってるのはハサミだけじゃないか……ザシュとグサッもかな」

 そんなことはどうでもいい、なんてツッコミは置いておく。

 とにかくこの状況から脱しないと。デス花が魔獣を匂いで嗅ぎ取っているという情報を漏らしてはいけない、けれどこのままだと間違いなく痛い目に合う。

 何とか隙を見て逃げなければ。

「……質問させて下さい。それが、あなたの本性ですか?」

 私の疑問に、折神さんは表情を変えず首を真横に傾げる。

「本性?」

「メディアでの姿は猫を被っているだけ。拷問脅し上等、優しさも誠実も存在しないのが本当の貴方」

「まあ確かに猫被ってはいるけど……何か勘違いしていないかな。こうして君を拷問するのは、魔法少女として市民を助けないとって思ってこその行動だよ。ただ、多人数を助けるために一人の犠牲を厭わないだけ」

「……もう一つ、質問させてください」

 一度視線を落としてから、再度上げる。彼女の持つ見ているだけで底冷えするような瞳にしっかりと目を合わせた

「何?」

「五年前、何故貴方は怖がる私を抱きしめてくれたのですか?」

「五年前? もうそんな昔のこと覚えてないね。さあ、どうだったかな――――――」

 折神さんが過去のことを思い出すように目を逸らす。それと同時に首前に向けられた凶器達がほんの僅か揺れた。集中が若干緩んだ証拠。私を下だと舐めていたからこその油断。

(! 今なら……)

 ――――――ドンッ!

「……!?」

 ほんの少しの隙を利用して、相手の体を強く押した。すると折神さんは大きく体勢を崩す。

「――――――」

 互いの体が離れ、魔の手から逃れた今、走り出す。

 路地裏から人のいない通りへ、人のいない通りから賑わっている広場へ。背後を見ず、数分程全力で駆けてようやく辿り着いた。

「はぁ、はぁ……!」

 息を荒くしながらも後方を確認、どうやら追って来てはいないよう。逃げ切ったことへの安心半分、そしてもう半分は恐怖

(……まさか、私が尊敬していた相手があんな怖い人だったなんて……)



「ふぅん……まさか逃げようとするとはね。正直予想外だった」

 路地裏に留まる折神、追おうとする素振りすら見せない。

「ちょっと脅せば、大抵の子は怯えてすぐに色々吐いてくれるのに。驚いちゃったな、前会ったときは臆病な印象だったけど……成長したのかな?」

 なんて口にするけど、表情は以前変わりなく。むしろ口角はより上がる。対象に突き飛ばされて逃げられたというのに、かえって嬉しそう。

「本当嫌いだな……あの子は。見ているだけで嫌な過去を思い出す」

 純黒の瞳を携えつつ、浮かべるのは不敵な微笑。闇と不快な空気が満ちるその場で独り言ちる。

「まるで……鏡を見ているようだ」

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