第八話
それからは、適当なことを話しながら目的地に向かった。
本当に適当な話。
この辺りの地域はどうだとか、この道はどこに続いているのかとか、そんな軽い話しか出来なかった。
普通ならもっと彼女の身の上について聞いた方がよかったはずだ。これから活動するのに、チミドロフィーバーズのことを殆ど知らないのだから。
けれど、聞いてはいけないような気がした。
義務教育が充実した現代で小学校すら通ったことすらないという疑惑が本当なら、闇を感じずにはいられなかった。
親はどうしてるんだなんて、面と向かって聞けなかった。
「よし、着いたぜ」
「へ、どこ?」
彼女らについて悩んでいる最中、突然デス花は足を止める。
辺りは閑静な住宅街。人通りの少なく静かで、古びた家屋が目立つ街並みだった。
アジトといえるそれらしいものは見当たらなかった。
「あぁ!? ほら、わかりやすいところにあんだろ! あれだよあれ!」
「え? もしかして……あ、あれ?」
彼女の視線の先を見て、ようやく気付いた。あのこじんまりとしていて、かつ古びたアパートがそのアジトだということを。
災害があれば簡単に倒れてしまいそうな木造の外壁と、雑草が生え散らかした土製の駐車場。こんないかにもな旧式アパート、今時珍しいだろう。
「んだよ、文句あんのか?」
「協会支部のビルみたいな豪華なものだとは全く思ってなかったけどさ……このオンボロアパートの中の一室がそのアジトなんでしょ、全然アジト感ない……」
「別にいいだろ、住めりゃアジトだ!」
住めりゃとは言うけれど、はっきり言ってそれすら碌に叶わなさそうなほど廃れて見える。家というより廃墟だ。
「ほら、さっさと行くぞ。一階の左下、101号室だ」
着いてこいと手で合図しながら、その部屋へと向かっていくデス花。
駐車場を抜けていく彼女の背を追い、所々色が剥がれた扉の前に立つ。デス花はドアノブを捻って、勢いよく扉を開けた。
「おーい、帰ったぜ~」
デス花に続き室内に入れば、靴が散らかった玄関。
狭めの玄関があって先に廊下が伸びている。傷が壁に付いてたりと綺麗とは言い難い内装だ。
適当に靴を脱ぎ捨て奥ヘ向かって行くのに対し、私はちゃんと靴を揃えて廊下へ。
一歩歩く度にちょっぴり軋む音を立てる木造床を進み、辿り着いたのはリビングと呼べる場所。切り傷が入った畳で埋め尽くされた床、軽くヒビの入った窓。
そして中心に、見覚えのある人物。
「ふんふんふ〜ん♪」
ふわっとした濃い青のツインテが特徴の少女。床に座り鼻歌を歌いつつ、デコられたチェーンソーを弄っていた。
彼女のことは記憶に強く残っている。
黒のキャミソールやらニーソックスを身に着けていて魔法装束を着用していないけれど、魔獣相手にチェーンソーを振り回し血を浴びて恍惚とした表情を浮かべていた彼女に違いない。
集中しているのか、どうやらこちらには気付いていない様子。
「またちぇんそー弄ってんのか? 滅子、例のアイツ連れてきたぞ」
「ど、どうも~連れてこられた切崎ばけつです……お邪魔してま~す……」
「――――――」
告げると同時、滅子と呼ばれた彼女はハートの瞳孔を私に目を向ける。楽しげだった表情は消え失せ、こちらをじっと。
「え、えっと……」
数秒程固まったあと、動き出す。バッと立ち上がり一瞬で距離を詰めて来た。
そして私に全力で抱き着くのだった。
「あっはッ!!」
「なっ、なななな何っ!?」
「前見た黒髪ボブちゃん、来てくれたんだ!! ねえねえ、抱き着いてい~い?」
「もう抱き着いてるでしょ!?」
「こいつがチミドロフィーバーズの一人、ダークサイド滅子だ。仲良くしろよ……つってもこの様子なら大丈夫そうか?」
ダークサイドが苗字で滅子が名前? マジデス花といい、どんなネーミングセンスだ。
前に見た魔獣をチェンソーでギャリギャリしている狂気の姿が印象に残っているが、こうして接してみると友好的な性格をしているらしい。
友好的すぎる気もするが。
出会ってすぐにも関わらず、あまりに熱烈なアプローチを喰らった。滅子は抱きしめつつ顔を離し、こちらの目を見る。
「カワイイ見た目の新人なんて大歓迎! これから仲良くイチャイチャしてこうねっ、ばけちー!」
「イチャイチャはしてかないけど……てかばけちーって私?」
私の頬を両手で挟み込み、満面の笑み。
「血や臓物みたいなスプラッタと女にしか興味のないのがこいつだ。そして最高にイカレてて最高にイカした奴がもう一人」
デス花は足を進め、部屋の隅へと進む。
襖の前に立ってドンドンと壁を叩いた。
「おい、ぺポ。お前も顔出して自己紹介しろ」
「……嫌です。デス花が全部説明してください」
「? その中にもう一人いるの?」
「おう。引きこもりの奴がな」
そういえば確かにいた、薄黄色の髪の無表情な子が。イカレた姿で魔獣をボコしていた他二人とは違い、静かで落ち着いていた様子だった。
もしかしてまともな人なのだろうか。一度でもそう思ってしまった私が馬鹿だった、まともな人がこのチームにいるわけがない。
「ぐだぐだ言ってないでさっさと出てこい!」
「はぁ……仕方ないですね」
襖が開き、中からぺポと呼ばれた少女が現れた。
そして彼女の姿が視界に入ると同時、心の底からの驚愕の声が漏れ出てしまう。
「え…………?」
衣服を全く身に着けていないその姿。
「ぜ、全裸!?」
「何驚いてやがりますか、陰キャ臭いメス」
前にも聞いたすごい呼ばれ方をされたが、それどころではなかった。
立ち上がり、ありありと見せつけられたその姿を前に、女の子同士なのについ視界を隠してしまう。
「もうぺポりんってば、いきなりそれは刺激強すぎ!」
滅子が離れ、棚から黒いジャージを取り出して彼女に羽織らせる。すると溜息を零しながら袖に通し、前を閉めた。
「フン、仕方ないですね」
「アジトでは大体全裸で変態の馬鹿だ。自分のスペースにしてる襖の中を見ねえ方がいいぞ、どこから拾って来たかエロ本とエログッズばっかだからな。名前はぺポットメホイミ、覚えておけよ」
「ぺポット、メホ……なんて?」
「馬鹿は余計です。触手に散々犯されたあと死んでください」
「あと毒舌ね~」
ぺポットメホ……ぺポは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。変態というだけでなく、気難しい性格のようだ。デス花や滅子は最初から私に好意的だったけれど、どうやら彼女はその逆。上手く接していけるだろうか。
なんて思ってると後ろからぎゅっと抱きしめられた。滅子が私の体に手を回し、右頬を指先で突かれる。
「ぺポりんこんなだけど、ホントはツンデレさんなんだよ。いい子だから仲良くしてあげて」
「どうだばけつ、二人共変だけど頼れる奴らだぜ。お前の仲間はオレだけじゃねえ、こいつらもいる。大船に乗った気でいろよ!」
「デス花も同じぐらい変だけどね……ていうか、むしろ心配になったし」
小声で相手に聞こえないように呟く。
(常識知らずのバーサーカー、距離感バグってるスプラッタ好き、毒舌露出狂のド変態。三人と上手く活動できるビジョンが見えない……)
この尖りまくった三人衆に私みたいな一般上がりの人間が馴染めるかどうか。みんな悪い人ではないと思うけど、それにしても個性的過ぎる。
なんで逆に個性のかけらもない私を彼女達の仲間として加えたのか。そう言えばはっきりとその理由を聞いていない、思い切って質問してみようか。
「……ねえ、デス花。色々聞いていい?」
「ん? ……おう。答えれる範囲でなら答えてやるぜ!」
「どうしてさ、私をチミドロフィーバーズの仲間に入れたの? 世の中には色んな人がいる中で私って……それにずっと三人で活動してたのに何で今更四人目を?」
「そっか、まだ言ってなかったか。元々オレらの間で一人仲間を加えようって考えはあったんだ。オレらが持ってた変身アイテムは四セット、一つ余ってたし……戦力が必要だったからな」
戦力、魔獣相手にあれだけ圧倒してたのにこれ以上を求めるのか。これから大きな戦いでもあるかと質問しようとするが、先にぺポが補足する。
「そもそもぺポ達の目的は、ある人物をぶっ倒すこと。その人物とは二年前にチミドロフィーバーズが結成された当初から、いやもっと前から因縁があります。今までずっと姿を現しませんでしたが、ここに来てやっと奴の足取りを掴むことができました。近頃魔獣が街中に現れる現象が多発しているでしょう……あれは、その人物が故意的に起こしているもの」
「え……!? あれを引き起こしている犯人がいるの?」
「蜘蛛、猿、蟷螂、どいつもこいつも匂いが染みついてやがる。あの男のゲボみてえな匂いがな。だから奴が動き出したとわかった」
「そんなことって……それで、あの男ってのは何のために魔獣を? そしてどうやって、街中に出現させるなんてこと」
「何のため、かあ……悪いことのためとしか、ウチらにもわかんないかな~」
「ですが、どうやって魔獣を街中に召還してるかは明確。奴は魔獣を、そして魔法少女を飼っているのです。魔獣が召還されたときや後に魔方陣が出現していること、貴方も気付いているでしょう? その男は恐らく、魔法少女の持つ力を無理やり使わせて魔獣を街中に送っているのです」
「魔法少女を……飼ってる?」
どういうことだろう、魔法少女を飼うなんて。はっきり言って意味不明だ。事件を一人の人間が起こしているというのも信じ難い。証拠があるわけでもなくデス花の嗅覚で感じ取ったとしか告げられてないし、ただの人間があんな超常的事件の黒幕なんてぶっ飛んでいるから。
とはいえ嘘を告げているわけでも無さそう。
彼女らが疑問に答えている最中の瞳は、真剣そのものだったから。
「そしてお前を選んだ理由か。なあ、まだ覚えてるだろ……『魔素は感情に反応する』って言葉」
「うん」
「あのとき子供達を庇ったお前を見てビビッと来た。咄嗟にあんなことができる奴はそういねえ、こいつは特別な精神を持ってるってな。それにしても驚いたな、魔獣をタイマンで倒せるとまでは思っていなかったからよ」
驚いているのは私もだ、自分があんな風に化け物を倒すときが来るなんて。あのときのことは今でも夢のように思ってしまう。
「やっぱお前を選んでよかったぜ、オレの直観は……ん?」
言葉を途切れさせ、デス花は鼻を鳴らす。何かの匂いを嗅ぎ取ったかのように。
「……もっと質問したいことあるだろうが、緊急事態だぜ。あの匂いだ」
「それって……」
「来た!? んひひ、昨日はお留守番喰らったし~、今日は全力で暴れちゃお~う!」
私の後ろに密着していた滅子は駆け出し、地面に置いたままだったチェンソーを持ち上げる。そして凶器を振り回すのを見て、つい身を引く。
「危なっ! それ振り回すのやめて!」
「滅子、ぺポ。ばけつと共に行け。ホントはオレも行きてぇが……昨日担当した代わりに、今日はお前らに譲るって約束だからな」
「フン、魔獣の討伐など普段なら面倒なだけですが、色々溜まっている今なら歓迎です。魔獣の穴という穴からモノ突っ込んでぶっ殺してやりますよ」
話題に上がった黒幕と呼べる存在について、聞きたいことは山ほどあった。
どんな因縁があるのか、そいつはどんな人物なのか。
しかし、これから二人と一緒に新たに出現する魔獣を倒さないといけなくなったらしい。
今は疑問を胸の内にしまっておくべきだろう。
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