第二十二話


「この先、みてえだな……うぜぇくらい匂ってきやがる」

 魔獣の対処を三人に任せ、単身マゼルリルを追っていたデス花は対象がいるであろう部屋前まで辿り着く。

 研究所内の構造は単純だった。

 特に罠などは無く、白一色の近未来的な廊下を嗅覚を頼りに進むだけ。

 先に存在する部屋へ、意を決して足を踏み入れる。

「…………奴は、いねえのか?」

 中に入り、辺りを見回してもあの男の姿はない。おかしい、特別濃い悪臭がここから漂ってきたのに。

(既に逃げたか? だとしてもそう離れてねえはずだ、さっさと追って……あ? つーか、んだこの部屋)

 中は大きく薄暗く、だがはっきりとその異質な様子は伝わってきた。

 まず奥に見えるのが巨大なタンク。黒い泥のようなもの、おそらく魔素がパンパンに詰まっているようだ。

(あれがあの男が言っていた、集めた大量の魔素ってのか? それに、こいつらは……)

 部屋の左右にいくつも連なって配置された檻、その中にはそれぞれ男児が捕らえられていた。前に通った通路と状況がよく似ている。けれど明確に違う点は少年達の状況、肌のいたるところが黒く染まり、頭部に植物の蔓のようなものが浸食しているのだった。

 意識はあっても大半は生気を失ったように項垂れていて、残りはデス花を見るなり酷く怯え出したのだった。

「落ち着け、お前ら。オレは敵じゃねえ」

 声を上げたあと、十何人いる内の一人に近付いて檻の前でしゃがむ。そしてデス花は格子の隙間に手を伸ばし、右頬まで魔素が浸食した少年の頭を撫で始める。

「ひっ……!」

「――――――」

「……?」

 085号に見せたときと同じ微笑を携える。

 相手はデス花のその行動に感じた事の無い安心感が芽生えたのか、表情から恐怖は消え去った。他の子供もそう。困惑こそすれど、敵意だとかは感じない。

「オレはここを支配しているあの男をぶっ倒しに、そしてお前達を助けに来た。ここから逃がしてやる代わりに教えてくれ、奴はどこにいやがる」

 デス花は手を相手の頭から離し、今度は真剣な表情で質問。

「……」

 答えは無く、相手は目を逸らすのみ。

「わかんねぇか……おかしいな、少なくともちょい前にはここにいたはずなんだが」

「ちがう……すぐそこに、いる」

「⁉」

 少年は目を逸らしたのではなかった、視線で相手の位置を伝えていたのだ。タンクの前に奴はいた。細身で高身長、黒スーツの上から白衣を羽織ったその姿。

 さっきまでいなかったのに、いつの間に。

「やはり来てくれましたかァ。オレの場所がいつどこでもわかるように貴方の鼻を改造しましてあげましたものねェ、007号ちゃん」

「……008号だぜ、たった二年で忘れてんじゃねえよボケ。それより、やはり来てくれた……だと?なんだその言い方、オレが一人で向かってくることを予想してたのか?」

「いえ、予想してたというよりそう仕向けたと言った方が正しいですね」

 デス花は立ち上がり、相手の正面へ。こうして生身で対面するのは互いに二年来となる。

「……このオレを一人でここに来させるために、魔獣を仕向けた。ってか……? そんなことして何になる。オレ一人相手なら自分でも仕留められる、とでも思ってたんだろうが……大間違いだぜ」

「仕留めるなんて、そんな物騒な理由で呼んだわけではありませんよ。私はただ貴方とタイマンで戦ってみたかっただけ。過去に創り出した魔法少女と、現在私が持つ技術力、どちらが勝っているのか試したかっただけなのです」

 両手を肩ほどの高さまで掲げ、挑戦的な態度でそう告げるマゼルリル。

 本気で言ってんのか、こいつ。まともな頭をしていたら圧倒的な力を持つ魔法少女とタイマンなんて考えねえ。もしかしたら何かの罠かもしれねえ。

(待てよ、こいつの頭はまともなんかじゃねえ……だったら本当に)

「ここから先はただの茶番ですが、是非付き合ってくれませんかァ?」

(変に考えんのはやめだ。逃げずに出て来たんだ、さっさと潰す。罠だろうが罠ごと潰す!)

 デス花はホルダーからステッキを取り出し、振るう。そして出現させたウィンドウから戦闘兵装の欄をタップ。

 そこから選んだのは遠距離型の武器、マジカルガンだ。

「そうか、なら乗ってやるよ。だが後悔すんじゃねえぞ。オレは魔法少女、てめえはただの人間。魔法は人間相手にゃ効きにくいが、身体能力が違い過ぎる。てめえとオレじゃ格が違うんだよ!」

 自分の右方に手をバッと開くと、ピンクの魔法陣が展開。中へと手を突っ込み、荒々しく引き抜いたその時には、黒を基調とした近未来的なフォルムの銃が握られていた。

「いえ、違いはありません。人も魔法少女も同じ色の血が流れていて……ウ、オエッ!」

 対してマゼルリルは天井を見つつ自身の口の中に手を突っ込み、喉から得物を取り出した。体内に入れていたのは警察が所持するようなハンドガン。

 構え、銃口をデス花の頭へ向けた。

「脳を撃てば死ぬ」 

 トリガーを引くことで発砲。響く射撃音。放たれた弾丸は対象に高速で向かっていく。

 が、デス花の額に命中する寸前で止まった。

 彼女が固定魔法を発動、前方に生成した橙の魔法陣がシールドとして凶弾を弾く。

「そうか。ならこの状況をどう説明すんだ?」

「ギャッハ! 素晴らしいですねェ。流石私が発明した最強の魔法少女」

 返すように放った、魔素で構成された弾。

 −−−−−−バシュ! バシュ! バシュ!

 三つすべてが相手の顔面を狙ったもの。しかし相手は身を翻すだけで簡単に躱した。

(奴が戦ってるところは初めて見たが……武器頼りの戦闘スタイルの割に瞬発力はあるようだな。だが)

 次の一発で狙ったのは奴が右手に持つハンドガン。

 強い力で銃をはじき、手元から離れさせた。

「おや」

「危機対応力はどうか――――――」

 武器を失い、大きな隙ができる。すぐさまデス花はギガント二式を召喚し、両腕に纏う。二式は最小の形態で、機敏に立ち回ることができるが相応に威力も低い。とはいえ人の指程度の  なら難なく折れるほどのパワーはある。

「−−−−−−なぁ⁉」

 走り出し、マゼルリルの元へと一直線に距離を詰めるデス花。武器が手元から弾かれるも、男は笑みを保ったまま。左の袖の中に手を伸ばす。

 取り出したのは八角形で小型の機械。

「ギャッハ! この程度の些事、対応できないワケありませんねェ!」

 突き出し、右側のスイッチを上げると機械は変形。自律して動き、宙に浮く。そして拡大。デス花が相手の目の前まで辿り着き、殴り付ける……が、届かなかった。

 八角形の強固な壁としての役割を成し、鋼鉄の拳をいとも容易く防いだ。

「ッ⁉」

 サイズが最も小さいからこそ繰り出せる高速のラッシュ。本体に当てることができれば相当なダメージになるだろうが、完全に防御され只一つの拳さえ奴には届かない。

「……貴方、私が憎いのでしょう。それこそ殺したい程に」

「ギガント四式ッ!」

 叫ぶと同時、両腕にピンクの魔法陣が通過し、武器の形態を変化させる。二の二乗、威力も大きさも倍。

 パワーの上がった鉄拳で、一度二度三度、攻撃を重ねていくも壁にヒビを入れることすらできない。

(硬ぇ……! 割れるという概念がないほどに硬ぇ!)

「そんな相手が目の前にいるというのにその程度ですかァ?貴方の溜め込んだ憎悪はその程度ですかァ?」

「ギガント八式ッ!」

 一度距離を離し、跳躍。空中で更に形態を変化させ更に威力を上げ、両の手を重ね合わせた。

(次は別の角度で、もっと強力な一撃で……!)

 相手の頭上に拳を振り下ろす。だが、ダメ。シールドが一度収縮し、向かってくる拳に合わせて再展開することでこれも防がれる。

 ぶつかった衝撃により、デス花は吹っ飛ばされるが宙で態勢を立て直し着地。

「八式で思いっ切り殴れば壁にヒビ入れるぐらい容易いはずなんだが……よっぽど強固なのか」

 それとも。

「オレが全力を出せていないのか」

 腕の武装を解除して、両の手のひらを見やる。僅かに震えている手。

「なァるほどォ……! この装置、中々悪くない。相手の攻撃をここまで正確に、かつ自動で防いでくれるとは。自分の才能が恐ろしいです。ギャッハ!」

(落ち着け、目の前の相手はそう怖い存在じゃない。強力な防衛手段は持っているが、それだけ。オレの体を真っ二つにしてくるようなことはしてこない。じっくり攻略法を見つけていけばいい、なんなら三人を持ってもいい)

「防御力は完璧。では攻撃力は? 測ってみましょう」

 マゼルリルは装置を元の形状に戻し、今度は左側のスイッチを上げた。すると今度は中心部分が開く。そして強く発光し始めるのだった。

 数秒力を溜めたあと、やがて強力なレーザーが発射され、デス花を狙って一直線に進む。

 ――――――ズアッ!

「なッ⁉」

 不意に放たれた大技をデス花は勘と瞬発力で回避した。代わりに命中した壁を振り返って見てみると、当たった箇所は焦げて煙を上げ、ヒビさえ入っている。

「クソ、フラグかよ……」

「ギャッハ! いいですねェ、この威力。必要無くなった実験体達で試しておくべきでした」

「まるで魔法じゃねえか……脳は腐ってやがるが、技術力は確かだ」

 次いで何度も放出される高威力ハイスピードのレーザー。当たってしまう瞬間に身を屈めたり身を逸らしたりして、ギリギリ回避するデス花。

(回避で精一杯だ……この空間をフルに使えるなら別だったろうが、ガキ共に当たっちまう可能性がある以上大きく動き回れねえ)

 横目で少年らの様子を確認。悲鳴こそ挙げないものの、皆二人の戦闘に怯えてしまっている。

「余所見していいのですかァ?」

「ッ……⁉」

 気を周りに向けたほんの少しの隙を縫うような一撃。避けるのは間に合わないと判断し、咄嗟に前方へ魔法陣を張って防御する。

 ダメージは受けなかったが、中央に微小のヒビが入った。

「ヘェ、魔法陣にもヒビが入ることがあるのですねェ。更に強い攻撃を当てれば割れるのでしょうか、試してみましょう」

 マゼルリルはそう呟いたあと、八角形の機械を袖口にしまい代わりにスマートフォンを取り出すのだった。

「その袖にどれだけの道具が詰まってんだっつーの、クソ……胃からハンドガンを取り出したり、びっくり人間かよ」

「必要なものは肌身離さず持っておきたいのですよねェ。大切な存在は傍にないと落ち着かない、貴方もそう思いませんかァ?」

「わかんねえな、大切なモンは勝手に傍にいてくれるからな」

『ヘェ』とでも言いたげな含蓄のある笑み。

 スマホの画面をサッと操作すると、天井の一部が開かれた。そこから降りてくるのは、重厚なガトリングガン。連射力、破壊力、共に一般的な銃とはかけ離れた性能を持つ武器が二丁。

「なっ! んなのありかよ……」

「折角用意したのですが使う機会なくてねェ。ようやくその火力を試すことが出来ます。一瞬でやられては実験にならないので、ちゃあんとガードしてくださいねェ?」

 更にスマホを操作。ガトリングガンが動き出し、二つの銃口がこちらに向けられる。

「ギャッハ! ギャハハハハ!」

 −−−−−−ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

「ッ、この野郎ォ!」

 炸裂する銃弾と銃声。耳がやられそうになりながらも、迫る弾幕に対し魔法陣を張る。

 全身をカバーできるほど大きな魔法陣を作り出すことで、一発の弾丸も通させないことに成功する。

 が。

(少しずつ、少しずつヒビが広がりやがる……!)

 いくら何でもこの弾数、魔方陣が耐えきれない。あと十秒もすれば破壊されてしまうだろう。そうなれば一貫の終わり、体に無数の穴が空く。

 だがどうすれば。

 バカ正直に正面から突っ込むことはまず無理。

(何か、奴の目の前まで一瞬で近付く方法があれば……)

 心の中で呟くと同時、閃く。

「いや、あるじゃねえか。体験したじゃねえか!」

 狙った場所ヘワープする技を。この研究所に来るまでに。

「数百の銃弾、鉄のカーテン。ギャッハ! 貴方に超えられますかァ?」

「ああ、超えてやるさ」

 転移魔法で生成した魔法陣から、武器等を遠隔から呼び出すことができる。また、二つの地点を繋いだ魔法陣に入ると、瞬時に他の場所へワープすることも可能。

(なら、今オレがいる地点を奴が今立っている地点を転移魔法で繋げてやれば……!)

 決意を固めたあと、素早いステップで右へと移動。標準が再びデス花に向くまでのほんの数秒の間に、転移魔法を使用する。

「魔法は感情に反応する。やろうと思う気持ちさえあれば、大体出来んだ!」

 自身と奴の真ん前に魔法陣を出現させる。デス花は駆け出し、中へと突っ込んだ。

 そして瞬間移動した先は、狙い通りマゼルリルの目の前。

 すぐさま右腕に再度ギガントを纏う。十六式、八式の更に倍。まともに頭に喰らったら普通の人間なら最悪死にかねない。

「ずっと待っていたぜ、この瞬間をなあッ! ――――――」

「本当に、単純……」

 相手に至近距離まで詰めて来たのにも関わらず、崩さない笑み。まるで、転移魔法で距離を縮められることがわかっていたような。

「ギャッハ! ギャッハハハ!」

 スマートフォンの袖中に素早くしまい、代わりにスタンガンを取り出す。デス花が拳を突き出すより先、首筋に押し当てる。

「なっ⁉」

 そして、起動。

 バチッ!

「ガぁッ‼」

 首筋に強い電気が流れ、全身に痺れが。不意の一撃をまともに喰らい膝を落とす。

「…………」

「まんまと引っかかってくれましたねェ。予想は簡単、そう来ると思っていました」

 声を発さず動かなくなってしまったデス花。強力な電撃を直接喰らえば気絶は免れない。項垂れ、口の端から血が数滴零れ落ちる。

「強さは予想の範囲程度……二年前で何か大きな力を手に入れているのではないかと期待したのですが、残念です……ん? 血……?」

 ポトリと鮮血が床に垂れ、僅かに広がる。

 マゼルリルは異変に気付く。

(ただスタンガンを当てただけ、何故血が?)

 数秒という長い沈黙。

 やがて、気絶していると思われていたデス花が、顔を勢いよく上げる。そのまま素早く立ち上がり、頭が真っ白になっているマゼルリルの胴体を今までの憎しみをすべて乗せた拳でぶん殴った。

「喰らえェェッッ――――――‼」

「ぐガァっ!!??」

 コンクリートの壁を破壊しうる衝撃を一身に受け、驚きと痛みによる悲鳴をつつ床を転がるマゼルリル。

「か、ハァッ……!」

 普通ならまともに喰らえば気を失うはずの電撃を受けてもなお、意識を保ち反撃を喰らわしたデス花。

 何故気絶しなかったのか、マゼルリルの脳内ではまだ答えはでない。

 それを察してかデス花は、噛み跡が強く残り血が滲み出る舌を出して答えを示す。

「実験体だったころ、てめえはよく首の通信機から電流を浴びせて来たよな。スタンガンを当てられる直前思い出せたよ。いつもどう気絶を防いでたか」

「ぐっ、ハァ、ハァ……!」

「あア……おかげでベロがクソ痛え、しかも喋りにくい」

 そう口にする割には、表情はどこか晴れやかだった。

「でも、気分はいいぜ……やっと……やっとてめえを一発ぶん殴ることができた。オレの怒りはこんなもんじゃねえぞ、覚悟しておけよ」

「…………」

「だがその前に教えてくれ……なんでてめえはピンチのはずなのに、そう余裕そうなんだ?」

「…………フッヒヒ!」

 確かにダメージはあるはず、腹を抑え苦しそうではある。

 だというのに、顔には再び笑みが。苦し紛れで浮かべた表情、というわけではなさそうだ。

「それともただの被虐趣味か?」

「……いえ、感心してつい笑ってしまっただけです。まさかここまでやるとは、ねェ。プラン変更としましょうか」

「あァ?」

 マゼルリルは何とか震える体を起こし、いつの間にか取り出していたスマートフォンを十何人といる実験体の一人に向けた。

 デス花がこの部屋に来た際、頭を撫でた相手だ。

「少しでも動いてみなさい……そこの実験体の頭を爆発させちゃいますよォ」

 少年の首には通信機が巻いてある。スマートフォンを介して遠隔から爆破することができ、彼らの命は奴に握られている状態だ。

 こいつ、人質を取りやがった。

「魔人に近付いた個体の一人、殺すのはもったいないですが……致し方ありません」

「……ピンチになった途端それかよ。姑息な手ぇ使いやがる。どこまでもムカつく野郎だな、てめえは……!」

「ムカつく? なら殴ればいいじゃあないですか。目の前にいて、相手は痛みで禄に動けない。まあ同時にガキが一人死ぬことになりますが」

「っ……」

「ギャッハ! 出来ませんよねェ! 無駄に心が優しく、他人の死にトラウマがある貴方には」

 一人の命でも見捨てることができない彼女に対しては、実に効果的なやり口だ。

 何年も憎んだ相手がすぐ前にいるのに、倒せるだけの力はあるのに。横目で少年へと視線を向けつつ、歯噛みすることしかできない。

(茶番ってのはそういうことかよ……自身の発明の成果を試し、それでもし負けそうになれば実験体を殺すと脅せばいい。あいつの勝ちは元より確定していたようなもの)

 いいや、まだだ。他の三人を待てば正気はある。意識外から攻撃できればこの状況をも覆せるはず。

 とにかく今は時間を稼ぐ、そして大人しく従う。

 この男は実験体一人の命なんて何とも思っていない。変な行動を起こせば即抹殺だ。

「わかった。何をしない、だから殺すな」

「状況がわからないほど頭が単純ではなくてよかったです。そのまま動かず武装を解除してください」

 立ち上がりふらふらとした足取りながらもデス花のすぐそばまで寄る。攻撃を当てるのは簡単だが、殴るようなことはしない。指示に従い、腕に纏うギガントを消失させた。

「言う通りにしてやったぜ。それで、動けないオレに何をするつもりだ?」

「何を、ですか。簡単です……トラウマを思い出し、そして真実を知り……絶望してもらいます」

「……絶望だぁ? いきなり何言いやがる」

「貴方達の苦しむ表情、是非見たい」

 マゼルリルは相手のピンクの前髪を掴み、歪んだ邪悪な笑みを近付けた。

「貴方達がこの研究所に来てくれるとわかったとき……とても嬉しかった。一度は捨てた玩具で、まだ遊べるのかと。絶望した顔が見れるのかと……気付いていますか008号ちゃん、その手の震えに」

 デス花は目線を落とし、小刻みに揺れる自身の手を見る。

 言われなくてもとっくの前から気付いていた。あまり力が入らなくなっていることにも。

「普段の戦いでの貴方は発狂した状態になり、目は三白眼言葉も乱暴になる。ですが今の貴方は? もしかして手の震えから察するに……怯えているのでしょう?」

「……」

 答えは口に出さず、代わりに心の内で呟いた。

(んなことわかってんだよ……昔のことを思い出したくないから、過去を話すことにすら怯えていたんだ。こいつと直に対面して、まともでいられるわけがねえ。声を聞くだけで、顔を見るだけで、ずっと忘れていたかった辛い記憶が脳裏に浮かんでしまう……)

「どうやら図星のようですねェ。次いでに当てて上げます。貴方が今思い出しているのは、自分のせいで他の実験体が首元を爆破され死んだときのことでしょう?」

「なっ⁉自分の、せいで……だと?」

「頭が弾けた瞬間の貴方の表情……それはそれは見物でした。辛そうで苦しそうで、美しかった」

「全部、全部てめえがやったくせに−−−−−−

「もう一度、見せてもらえますかァ?」

 囁いた後、マゼルリルはスマートフォンを掲げて画面を軽く押した。

 −−−−−−パァン!

 すると背後から、何かが破裂する音が響いた。

「…………は?」

 ゾクリと、背筋が凍る感触。

 デス花は恐る恐る振り向くと、視界に広がるのは惨状。

 頭を撫でた少年の檻の中は鮮血で染まり、首から上が無い死体が転がっていた。

 マゼルリルが頭を爆破させたのだ。大人しくしていた実験体達もその光景を見て悲鳴を上げたり、吐瀉物を吐き出したりした。

 そしてデス花も、爆殺された死体を見て冷や汗をいくつも垂らし全身をワナワナと震えさせる。

「て、てめえ、動いたら殺すって……動かなかったじゃねえか。な、なんで殺して……」

「確かに動いたら殺すとは言いましたが、動かなければ殺さないとは言ってませんけれどねェ」

 デス花の頭を埋め尽くすのは、仲間の頭が目の前で飛んだあの瞬間。

 耳にこびりついた断末魔、飛び散る血と肉片、すべてが今起こっているかのように思えるほど鮮明な記憶。

「殺す……! 殺してやるッ!」

 息は荒く声も細く、言葉が強いだけで手を出す素振りは無い。

 体が震えて動かせないのだ。

 過去のトラウマを再起させられ、頭の中にあるのは恐怖一色。相手に対しての殺意はあれど、救えたはずの命が目の前で散る様を見せられ、立っているのがやっと。

「フッヒヒ! ギャッハ! ギャッハハハハハハ!そうです、その顔が見たかった!弱者が弱者の死を悲しみ、自分の無力さを嘆く表情。ほらァ、殺したいのでしょう?目の前にいるのに何故そうしないのですか?」

 マゼルリルはあえて更に顔を近付け、これまでに見せたこともないような完全な悪に満ちた笑みを見せた。

 奴にはわかっている、デス花は絶望し拳の一つすら振るえないことを。

「あァ……! 今の貴方の頭部を切断し、寝室に飾って置きたいィ!」

 両の手の平を相手の伸ばしたとき、光の矢がマゼルリルを狙い宙を裂く

「――――――デス花から離れろ!」



 魔獣三体を素早く片付け、私達はデス花を追った。そして辿り着いたのがこの異様な部屋。初めに視界に入ったのは、遠くからでもわかるほど震えていたデス花と彼女の前に立ち笑みを見せるマゼルリル。

 何があったか考えるより先、矢での一撃を放つ。

「おや、随分速かったですねェ」

 不意を突いたはずだが、大きく後ろへ退くことで回避された。

 攻撃は当たらなかったものが、その隙に私達はデス花の元ヘ。

「大丈夫、デス花⁉」

 滅子とぺポの二人はデス花を守るように立つ。その間に私が傍へ。顔色は悪く多量の汗が垂れていて、全身が酷く震えている。何か戦闘で怪我でも負ったのかと思ったが、それらしいのは見当たらない。

 デス花の様子を横目で確認したぺポは、語気を強めながら質問。

「お前、デス花に何をしやがりましたか」

「別に彼女には何もしていませんよォ。私が手を出したのは、あちら」

 男が指を差した方を見ると、無惨な光景が目に映る。

 頭の無い死体と無い死体と飛び散った鮮血。

「なっ!」

「……お前が、殺したの?」

 人がこんな残酷に殺されているなんて、すぐ傍で感じられる死の匂いと死の形に思わず吐きそうになるのを何とか抑える。

 そしてマゼルリルが何をしたか、デス花が何故震えているのかを察した。

「ええ、一人の実験体の頭を爆破しました。彼女のトラウマを多少、刺激するためにです。十何人のうちの一人を殺しただけでここまでなるとは、肉体は強くあれど脆い精神は変わりませんね。可能であればこの場の実験体全員を殺していたのですが、勿体ないので一人に留めておきました。もし、全員殺していたら……彼女はもっと絶望していたのでしょうか。ギャッハ!」

 子供を惨殺しておいて、なんてこと。

 屑なのは前からわかっていたのに、燃えるような殺意が抑えられない。

 それは滅子も同じようで。

「ごめん、二人共……我慢してたけどもう無理。殺そう。ねえ、こんな奴殺してもいいでしょ?」

「……」

 殺人してしまいそうになったら止める。そう約束したのに言葉は出なかった、自分、p同じ気持ちだったから。

「ギャハハハハ! 殺すだなんてとんでもない。随分殺気立ってますねェ、ですが……真実を知って同じ調子でいられますか?」

「……真実?」

「ええ、耳を塞ぎたくようになるような真実を。丁度四人揃ったようですし、告げてあげましょう」

 真実だの耳を塞ぎたくなるだの言われてもピンとこない。何の真実だ、滅子から聞いた過去以上のものがあるのだろうか。

 疑問を抱えた私達に向け、マゼルリルは両手を肩ほどの高さまで掲げながら答えた。

「オレは魔素を個人で生産する方法を見つけた。そう言いましたよね。ですがその方法とは何かをまだ伝えていませんでした」

「方法? 何だよ……早く言え……!」

 デス花は揺れる瞳で相手を睨みつつ、声を荒げる。

「へェ、それほどまで興味があるのですか。では教えて上げましょう、早速答えから。実験体をね、溶かすのですよ」

「……は?」

「魔法少女に変身するためには、適量の魔素を注入する必要があることは知っていますよね。では適量から大きく越えた量の魔素を注入するとどうなるか。体の節々が黒く染まり、やがて魔素そのものへと体が変化してしまうのです。激しい痛みが続いたのち、体がドロドロになって死んでしまうのです。そして、注入したより何倍の魔素が手に入る」

「も、もしかして……」

 嫌でも察してしまう、さっきからずっと目立っていたあの魔素がたっぷり詰まった巨大なタンク。その中身を。

 振り返り背後にあったタンクを仰ぐ男に対し、私は呟く。

「そこにある魔素は……全部、実験体の少女達が溶かされたもの……」

「ご名答! 魔素が欲しくて研究所にいた殆どの少女の実験体をついヤっちゃたんですよねェ。 魔法が使えるものが一人がいないと困るので085号ちゃんだけは残しましたが」

「て、てめえ……ほぼ全員、殺したってのかよ……オレらの、仲間を……」

「知っている顔がいなかったのは、そういう……ペポ達が助けようと思っていたものが、今はあの泥……」

「絶対助けるって決めて、二年間頑張ってきたのに、その結果が……これ?」

 奴の言葉を耳にした三人の表情は、哀しみを超えた絶望に染まっていた。

 それもそうだ、助けたいと思っていた相手が既に体がドロドロに溶けて魔素にされているなんて。直接関わっていない私でも唖然としてしまうような残酷な真実だった。

「ま、マジ、かよ……全部、無駄だったのかよ……」

「はい、大無駄です。 貴方達が地上で右往左往している間に彼女達は苦しみ抜いて死にました。おそらく貴方達を恨んで死んでいった実験体もいるでしょうねェ」 

 頭を抑え過呼吸のデス花、脳内にはトラウマが何度も繰り返されているのだろう。

 デス花だけでなく二人も戦闘の意志を失っている。呆然とした滅子は武器を落とし、ペポは目の端から涙を一筋流す。表情の変化が殆ど無い彼女が涙を流すとは。

「ギャハハハハハッ! あア……いい、その顔……! 弱者が絶望した表情。この瞬間を待っていたァ!」

 再びこちらへと顔を向け、三人の苦しみと哀しみの混ざった表情を、闇より深い邪悪に染まった笑みで観察する。

「ですが残念……これから計画の最後の準備に入らないといけません、今日中には世界の蹂躙を開始。邪魔されると困るのでここに残られると困るのですよねェ、まァもう戦闘の意思は見られませんが。ギャッハ!」

「――――――」

「085号ちゃん、来てください」

 マゼルリルが声を上げた後、白髪赤目で魔法装束を纏った姿の少女、085号が奥の部屋から現れた。私達を一目見るなり気まずそうに目を伏せる。

「転移魔法を使って彼女達を地上に返して下さい。いつもやってもらっていること、できるでしょう?」

「…………」

 命令されても押し黙る。自分を助けてくれる唯一の存在を邪魔することになるから。だが、奴に逆らうとどうなるかは誰よりも知っている。やがて首を小さく縦に振った。

「……はい」

 085号は私達の足元に大きな魔法陣を展開。桃色の陣が私達の足を沈める。

(まずい! 抜け出さないと……このままだと地上にワープさせられる。ここで奴の計画を止めないと!)

 なんとかデス花達と協力して、この状況を脱しないと。 

「デス花! 引っ張るから陣の外に」

「――――――」

「デス花……?」

 膝が崩れ手を地面に着けたまま動かないデス花。滅子もぺポも呆然自失といった様子。もうすべてがどうでもよくなったような表情。

「その絶望しきった顔で、世界が蹂躙される様を見届けてください。ギャッハ! ギャッハハハ!」

 後に続く特有の笑い声を最後に、地上へ強制的に戻されることになった。


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