第14話 キャバリエ

「しっかりしろ!」


「カイトさま……」


 サードのまぶたがゆっくりと閉じた。握った彼女の柔らかな手からいっさいの力が失われた。



「うふふ」


 顔を上げると水色のワンピース。


 サードの身体を静かに横たえるとライフルを掴み立ち上がる。


「このクソ餓鬼がきぃっ!」


「あははっ」


 空中に浮かんでいる少女、いや女神本体に銃身じゅうしんを向ける。


『もうこの状況では無理です! お逃げを…』

 

 神父の声が聞こえると同時に俺は引き金を引いた。


「!?」


 手にあったライフルがバラバラに。コイツ一瞬で解体しやがった。念力サイコキネシス的なやつか。


「糞っ!」


 俺は腰の剣を引き抜き宙へ飛ぶ。真っ二つにする気で上段に構えた剣を振り下ろす。


「ふふっ」


 女神本体の小さな右手が刀身を難なく掴み、剣ごと俺を下へ投げ捨てる。


「くっ! 化け物め……」


 下のフロアになんとか着地。刃物を持った俺の姿を見て観客は騒然そうぜんとなる。 


『カイトさん、そのまま下へ! アリーナまで走ってください。次の手を打ちます』

 

「分かった!」


 見上げると女神は俺の様子を微笑みながら眺めている。


「お兄ちゃん? 鬼ごっこ?」


 人混みの間をうように走り出す俺を女神も追跡を始める。遊んでるつもりか? だがさっきので分かった。実体はある。しかし魔導ライフルもないし剣も通用しない。ここは神父の『次の手』にけるしかない。擬似妖精で俺の位置は正確に把握しているはずの女神は、この追いかけっこを楽しんでいるようだ。ふざけやがって。


 場内の警備にあたっていた兵士たちも集まり始める。それをくぐりながら進むが当然最後には行く手をさえぎられる。これを突破するのか……。ついに囲まれてしまった。


『カイトさん、頼りになる男が間に合いましたよ』


 目の前の兵士たちが吹き飛んだ。


「カイト様、ご無事でしょうか?」


「クライフ!」


 そんな気はしていたが彼が来るという確信は無かった。あの魔導ライフルをつくったのはこの執事さんだったし、神父は彼がかつての女神へのハッキング行為で処刑寸前までいったと……。だが流れるような剣技けんぎを見れば只者ただものでないことは俺にも分かる。


「なにぶんあちらの女神様には嫌われておりまして、ここに来るまで苦労いたしました」


「あんた……」


 いつもパリッとしている執事服はあちこちが破れて、切り傷も見える。


「ですが戦場こそ私の居場所であるようです。この傷すら心地良い。血がたぎります」


「お前、嫌いっ!」


 上空から放たれる無数の光線。


「ええ、私も貴女が嫌いでございますれば」


 残像を残しながら高速でかわすクライフ。巻き添えになる兵士たち。


「見えるのかアイツが?」


「いいえ、残念ですが。カイト様のようにはいきません。これも旦那様に理解いただけないのですけど『感じる』ことは……、おっと危ない。声は聞こえますが姿は見えません」


 どこまでも有能な執事さんだ。


「これは私の特技のようなものでございますが、御覧になられたカイト様もきっと可能です。これが私たち人類の『可能性』のひとつ。では参りましょう、この先へ」


 クライフさんと俺はアリーナへと降り立つ。


『カイトさん、これをお受け取りください。あなたならきっと』

 

 轟音ごうおんとともに空から何かが飛来する。俺たちの目の前に落下したのは金属製の球状のナニカ。


「これは懐かしいものを……、まだ残っていたとは。カイト様、これの名は『キャバリエ』。対天使戦闘装甲にございます。元は【天空の貴族スペーシアン】から奪った脱出ポッドを改造したもの。武器はあの魔導ライフルと同じだとお考えください。ちなみに私が設計開発に携わりましたのでご安心を。これならば女神も殺せます」


「はあ!?」


 あのライフルもそうだったが、剣と魔法の世界だと思っていた中に近未来的な兵器の登場。頭が追いつかない。【天空の貴族スペーシアン】? 脱出ポッド?


『さあ、お乗りください』

 

 ハッチと思われる部分がゆっくり開く。言われるままに中へ身体をすべり込ませる。一人乗りの座席につくと再び扉が閉まる。


「操縦の仕方は『キャバリエ』が教えてくれます。直感的にでも動かせますから……。ぐぬっ、私はこの金髪の相手を!」


 前面のスクリーンが起動し、クライフさんがあの金髪アンドロイドと交戦しているのが見えた。


「うおっ!?」


 気持ち悪い触手しょくしゅのようなものがあちこちから伸びてきた。俺の額やこめかみにピタリと吸いつく。なんかひんやりして気持ちいい。同時に機械的な声が頭に響く。


『地上人類デアルコトヲ確認……。心拍、血圧、呼吸、体温正常。脳波パターン検出。適合ランクSデス。登録データナシ……。新規登録オヨビ各種マニュアルをインストール開始』

 

「ひっ!?」


 ナニカが俺の意識の中に割り込んできた。ああ……、そういうことか……。この一瞬で俺は『キャバリエ』のことを理解してしまった。


『最優先排除対象【メガミ】ヲ検知。フィールド状況ヲ把握。最適化ヲ実施……、完了シマシタ。【生ノミガ我ラニアラズ、死モマタ我ラナリ】。マスター、参リマショウ」


「お、おぅ……」


 顔を上げると、水色ワンピースが愉快ゆかいそうに見下ろしているのが見えた。 

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