第10話 黙祷

 神父が大判おおばん、サイズで言うとA4判よりも大きな感じのフレスコ画の写真集をめくりながら説明した。どれも言われてみるとそう解釈できなくもないのだが、俺にはただの美しい宗教画にしか見えなかった。


「えっと、この暗い薄気味悪うすきみわるい絵がその宇宙戦争を表現していると……」


「そうです。この悪魔が地上の民の戦闘ポッドです。この暗闇の中の城が宇宙に浮かぶ【天空の貴族スペーシアン】のステーション……」


「ん? ちょっと待て。アンタの話だと戦いは地上側の圧勝じゃなかったか? これはその【天空の貴族スペーシアン】側の視点で描かれたってことなのか……」


「宇宙では、ですね。結局マザーコンピュータは母船の自己修復を繰り返しながら大気圏へと突入。そして数は少ないのですが最上級国民は当時の最先端科学によって、もう人であることを捨てておりましたので無事。さすがに超感覚ちょうかんかくを身につけた地上の戦士たちには苦戦いたしましたが、【女神】のために『時間』さえ稼ぐことができれば良かったのですよ。我々は」


「お、お前は……」


 俺は剣に手を伸ばす。


「警戒なさらないでください。あの【女神】を倒すことについて嘘偽りはございません。人であることを捨て、今では【悪魔】として生きる私も『契約』の力にあらがうことなどできませんので」


 

 大聖堂を出た後も俺は頭の中を整理するので一杯一杯だった。


「カイトさま……、カイト様!」

 

 サードに服をつかまれて引っ張られる。危うく馬車にかれるところだった。


「す、すまない」


 異世界で交通事故だなんて、こんなことで死んだらアカリに笑われてしまう。馬車は俺を気にする様子もなく走り去っていった。


「なあ、サード。あの話は初めて聞いたんだよな」


「あっ、はい。そうです。この世界にそんなことがあっただなんて、驚きました」


「それと、あの悪魔が元は人間だったってことも?」


「いいえ、それは知っていました。旦那様からカイトさまに直接お伝えするということでしたので……。黙っておりました、申し訳ございません!」


「い、いや。構わないんだ」


「き、君もあの……、彼らの技術で作られたんだもんな」


「あ、あの。私の……は旦那様よりもカイト……」


 突然き上がった歓声かんせいに彼女の声はかき消される。


「あれは?」


「はい。先日私たちを襲ったぞくの公開処刑が広場で行われると、旦那様から先ほど聞きました。おそらくそれではないかと」


「はっ!? 法は? 地球並みに人権は保障されているんじゃなかったのか?」


「ええ……。この国の一般市民以上についてはですが。彼らはその……、その意味を旦那様のお話で今回理解しました。有性生殖で数を増やす旧人類、【地上の蛮族アーシアン】の子孫です。彼ら下級市民には最低限の権利しかありません。教会の関係者への襲撃ですから裁判の機会すら与えられません。下級市民への見せしめの意味もこの公開処刑にはあるとのことです」


 サードの向ける視線の先には人だかりができていた。見えるのはその先の公園の中央で満開の花をつけた大きな一本の桜の樹だけだ。歓声はさらに大きくなる。それが収まり次に聞こえたのは、男達の断末魔だんまつまの叫びだった。


「あれはクライフさんですね」


 サードの言葉で、人垣ひとがきの端で胸に手を当て頭を下げ目を閉じる執事の姿に俺も気づいた。処刑が終わり野次馬たちがその場を離れていく中、彼はずっとその姿勢で立ち続けていた。あの悪魔よりも彼の方がずっと聖職者らしく俺には思えた。


 

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