第11話 桜の樹

「王よ、お逃げください! キャバリエは天使により全滅。もうここには戦える戦士はおりません」


「そうか。やはり天使を殺し切ることはできなんだか……。市民は?」


「皆、地下大聖堂へ避難。しかし敵には大天使級ミカエルクラスが含まれるとのこと、この状況下では……」


「私が出よう。後のことはお前に任せる。なんとしてでも生き延びよ、これは命令だ」


 

 王と呼ばれた男はひとり分厚い鉄の扉を押し開け外に出る。無数の軍事ドローンの残骸。そこに立つ神父姿の男が見えた。


大天使級ミカエルクラスが地上に降りたのはいつぶりか。もしやあの時の?」


「お久しぶりとでも言っておきましょうか。蛮族ばんぞくの王。やはり変異種へんいしゅでしたか、人のことは言えませんがちょっと長生きが過ぎますかねあなたは」


 王は剣を抜いた瞬間、その姿は神父の背後にあった。


「死ね!」


「それは無いですよ」


 王の長剣は神父の短剣一本で防がれた。


「オラァーーーーッ!」


 王の身体は金色に輝き渾身こんしんの一撃が再び振り下ろされる。


「はぁ……。長命ちょうめいを手に入れてもいには勝てませんでしたか、以前のあなたはもっと強かった」


 神父は素手すでで王の剣を受け止めていた。そして剣は握り潰されその刀身とうしんの半分を失った。


「くっ!」


 ひざをつく地上の王。勝負は一瞬でついた。王は自分の老い以上に相手がさらに強くなっていることを理解したのだった。


「お分かりいただけたようですね。では、ご提案です。私と『契約』しませんか?」



 ーーーーーーーー


「クライフ……」


 野次馬やじうまも去り、囚人しゅうじんたちの遺体も回収された広場で彼に声を掛ける。


「ああ、これはカイト様。それにサードさんも」


「知り合いでもいたのか?」


「いえ、知らぬ者たちです。あんな連中でもこの星に生きる同胞どうほうですから」


「そうか」


「カイト様。あの美しい花の咲く樹、あれは『桜』と言うそうで。旦那様がカイト様の世界のカジイモトジロウ? でしたか、その方の短編小説を何度も朗読されることがございました。そして私に尋ねるのです『意味が分かるか?』と」


「ああ」


「旦那様は何度読んでも意味が理解できないとおっしゃっておられました。でも今なら少しだけ私にも分かるような気がいたします」


 春の風が無数の花びらを舞い散らせる。サードが『わっ、きれい』とつぶやく。


 俺は彼に何と言っていいか分からない。そのカジイって人の小説のことも知らなかった。桜の花びらが血痕けっこんの残る広場の石畳いしだたみおおい隠していくのをじっと眺めているしかできなかった。




✳︎この話に登場する小説と作者は『桜の樹の下には(梶井基次郎 1901-1932)』です。

 

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