第12話 本日は晴天なり

 街はさまざまな花を使った装飾で彩られ、多くの人々でにぎわっていた。


 今日は『再生の日』。世界が滅びの日を迎えたのと同時に女神によって再生されたとされる記念日である。


「カイト様、あちらの世界にも同じ『再生の日』がありましたよね」


「ああ、そうだな……」


 あの『再生の日』の数日後に世界はほぼ滅んだし、アカリも死んだ。通りに並ぶ屋台を楽しそうに見てまわるサードの姿を見ていると、あれが夢だったんじゃないかとさえ思えてしまう。


「あっ! 串焼き屋のおじさんが綿わたあめ売ってますよ。行ってみましょう」


「おっ、おお」


 つかまれた柔らかな手の感触まであの頃と同じだ。


「いつもの嬢ちゃんじゃねえか。今日はカレシといっしょかい?」


「えっ、ち、違いますよ」


れんなって。なかなかいい面構つらがまえの兄ちゃんだな。お似合いだぜ」


「も、もう」


「兄ちゃん、大事にしてやるんだぜ」


「ええ、もちろんですよ。俺の大切な彼女ですから」


「へっ!?」


「ひゅー、いいねぇ。よし、持ってけ! 代金はいらねえぜ」


「ありがとう感謝するよ」


 スキンヘッドのおじさんから串に刺さった綿あめを受け取る。何で色をつけているのかピンク色がかわいらしい。


「か、カイトさま?」


「良かったな。タダでもらえたし。でも、こっちにもあるんだな綿あめ。綿菓子わたがしだったか? どうした? 今日の『作戦』の設定だろ、恋人同士って。娘と父親に見られなくてホッとしたよ」


「あっ、そうでした……。そ、それにそんなことは無いですよ! カイト様は……」


 サードは何だか顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。なんか気になるんだけど。


 この大神殿のある街に国中から多くの人々が訪れる。国王ですら王都ではなくこの街へ足を運びこの日を祝う。年に一度、女神が人々の前に姿を表すのである。ひと目見ようと集まる気持ちも分からなくはない。


 当然警備も厳重になるのだが、女神を狙うならこの時しかない。レジスタンスと呼ばれる連中も同じことを考えているだろうが、毎年失敗に終わっている。あの不可視の擬似妖精によりこの街を訪れるすべての人間の動きが把握されているからだ。


 俺とサードはレンブラント神父の関係者として教会に登録されており、監視の対象外である。だが、クライフさんはその登録ははねられるらしく。朝、屋敷を出るときは信じられない数の妖精で彼の姿は見えないくらいだった。まあ、俺くらいしか見えないし、本人にも支障ししょうはない。


『あーあー。本日は晴天せいてんなり……本日は晴天せいてんなり……』

 

 あの悪魔神父、いつの時代の……悪魔だ。耳に装着した小型魔道具から声が聞こえる。この作戦はどこからか状況を把握しているレンブラントが俺に指示をして動くことになっている。事前には何も知らされていない。変化する状況に完璧に対応するためにその方がいいのだとか言っていた。


 俺は女神さえ倒せればいい。そうすれば【セラフィム】も消滅すると聞かされている。この通信は一方通行でこちらからは返事を返せない。同じものはサードも身につけている。 


『いまからお伝えするルートで移動してください。今回の【女神降臨めがみこうりん】の場所は闘技場とうぎじょうです』


 【女神降臨】というのは、女神が人々の前に姿を見せるイベントのようなものである。これは女神自身が決めるらしく、レンブラントのような幹部でも直前まで知らされないらしい。テロ攻撃への対策にもなっているということだ。


「なんで下水道を通らなきゃならないんだよ」


「く、くちゃいですぅ……」


 複製体のサードの嗅覚きゅうかくは常人の何倍もあるんだったか。事前に知らされていないから当然マスクなんかない。鼻をつまんで進むサード。俺はすでに鼻が馬鹿になってしまったようだ。


「失礼しますよっ!」


「お、お邪魔じゃましてます……」


 普通に生活している民家の中を通り抜ける。なんか後ろで叫んでいるようだが気にしてはいけない。


 次々と送られてくる神父の指示に従って進むが、これは本当に正しいルートなのだろうか。アイツに遊ばれているような気がしてならない。


「なあ、サード。これってさ……」


「たぶん私も同じことを思っているはずですが、信じるのです。さすれば道は開かれん!」


 ヤケになってないか? 彼女は人工知能的なナニカで判断しているはずなのだが。


『お二人ともよく頑張りました。その角を右に入った先の突き当たりに闘技場内に入る隠し通路がございますよ』

 

 俺たちが言われた通りに進むとそこは壁にはばまれた行き止まり。よく見ると壁の色が少し違う場所がある。俺がそこに触れると一瞬で壁の材質が変化して扉が出現した。押してみるとゆっくり開き闘技場に侵入することができた。


『正規の入り口から市民が入ってくる前に指示する場所で身を隠してください。そこからなら狙えるはずです。また追って指示をしますので、それまでお二人で素敵な時間をお過ごしください』

 

 何言ってんだあいつは。間に受けたのかサードがモジモジし始めた。

 

 俺たちは階段を上り、さらに柱をよじ登る。観覧席最上部の突き出した屋根の上にたどり着いた。なるほどここからなら警備の完全な死角になっている。身を隠すのに丁度いいガーゴイルの石像も並んでいる。


「サード、部品を」


 俺と彼女で分けて持っていたパーツを練習通りに組み立てていく。これだけは何度もやらされた。ひとつでも部品をつける順番を間違えると組み上がらないのだ。


「完成しましたね」


「ああ」


 俺は起動するかチェックする。問題はなさそうだ。これは魔導ライフル、女神を仕留められる唯一の武器だ。発射は一度限り。なぜかあの悪魔、俺でしか起動しないように作っていた。サードに任せた方が確実だと主張したのだがそれを譲ることは無かった。


「え、えっと。どうやって素敵な時間をすごしましょうか、カイト様?」


 まだ、サードは神父の冗談じょうだんを真に受けているようだった。

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