第13話 彼女の願い

 青い空を白い雲がゆっくりと移動している。あの上空では実は結構速く流れているんだっけか……。視界にニコニコ顔のサードさん。そのお胸も……。そういえば結構あったなアカリって。ガラスケースの中の彼女の姿を思い浮かべる。


 なぜかいま俺は、闘技場の高いところでサードに膝枕ひざまくらをしてもらっている。


「なあ、膝痛くないか? 下は石だしさ」


「いいえ、問題ありません。たとえそうだとしても痛覚つうかく遮断しゃだんできますし、鍛え方が違いますから」


 すごいな。そう言えば向こうでも平気な顔してりでバットとかへし折るのをに見せてもらったことがあったな。でも不思議だ。この後頭部の柔らかな感触とあの凶器と化した蹴りがどうしても結びつかない。ああ、何かこのまま眠ってしまいたいかも。


「カイトさまは、女神を倒したらどうなさるおつもりですか?」


「ん? そうだな……。何も考えてなかったな……」


 俺は『あの日』から【セラフィム】を倒すこと、その根源こんげんである【女神】を倒すことだけを考えて生きてきた。


「私は妹たちに会いたいです。私より後に生まれた複製体の子たちに。いっぱいお話がしたいです。それだけが楽しみでこの世界で生きてきました。旦那様もクライフさんもとてもいい人です。あの屋台のおじさんもですね。でも、私の故郷はあっちの世界です。何も残って無いかもしれませんけど妹たちは居ます。あの場所に戻るのが私の望みです」


「そうか……。帰ったら盛大にパーティしなきゃだね。俺もあいつらのことよく知ろうとしてこなかったし。ちょっと反省してるんだよ。だからさ……」


『あーあー。お取り込み中かもしれませんが業務報告です。下をご覧ください。観衆が入り切ったようです。そろそろ対象が姿を現す頃かと思います。ご準備をお願いします』

 

「本当にあの悪魔……。終わったらゆっくり話そうな、サード」


「はい!」


 俺はゆっくりと起き上がり、魔導ライフルの調整を始める。たしかに闘技場は人で埋め尽くされていた。だが不思議なことに歓声や人々の話し声は一切なく静まり返っていた。不気味だ。そんな静寂せいじゃくが闘技場を支配していた。擬似妖精の姿は無い。ある一定高度こうど以上には上がってこないというのは本当のようだった。あの光は妖精だろう、観衆の周りを飛び交う数が一気に増える。


「そろそろか」


 俺はスコープ越しに女神の現れそうな場所を探す。どこだ、どこに現れる?


『闘技場内のアリーナへの西口から普通に歩いてくるようです。私が指示するまで待機をお願いいたします』

 

「西?」


 ああ、あそこか。でも歩いてくるのか、突然空中にでも現れるのかと思っていた。ほぼ人間と同じと考えていいのだろうか。


 白い祭服を着た聖職者たちがその入り口からぞろぞろと出てきた。その後からゆっくり歩いてきたのはまさに女神。白のドレスに美しい金髪の女性。人々の想像する女神のイメージが彼女の中に集約されているような気がした。


「カイトさま、もしかして見惚みとれているなんてことはないですよね」


「はっ? 何言ってるんだ。しゅ、集中が途切れるだろ……」


「そうですよね、冗談ですよ。肩の力を抜いていただこうと思ったので」


「そ、そうか。気をつかわせたな」


「どういたしまして」


 言葉にトゲがあるように感じるのは気のせいか。


『あーあー。ちなみにその金髪のボインちゃんは女神ではありませんので、撃たないでください。カイトさんには見えると思います。その足元です』

 

「何だと!?」


 スコープ越しに探す。


「あっ、あの子だ!」


 水色のワンピースを着た女の子が金髪の偽女神を見上げている。


『分かりましたでしょうか? ソレが女神の本体です。その金髪は護衛のアンドロイドと言えば伝わりますかね。今です、本体は全く気づいていません。撃ってください。そしてあの子を……』

 

 照準は自動で女の子の頭部に固定された。あとは引き金を引く、それだけだ。


「ああ……、何なんだよ。引けねえじゃねえか……。どう見てもあれは子どもだぞ!」


「カイトさま!」


「すまない、取り乱した。そう、そうなんだ。あれは人間じゃない。人間じゃない」


 人差し指に力を込めようとした瞬間、女の子と目が合った。


「はっ!? この距離で気づかれたのか!」


 水色のワンピースの女の子がニコリと微笑ほほえむ。こちらに伸ばした指先が光った気がした。ああ、俺……死んだ……。


 思わず目を閉じたが衝撃は来ない。


 

 目を開けると華奢きゃしゃな背中が……。


「かはっ!」


 彼女が小さく揺れた。

 

「サード!」


 

 俺をかばった彼女が目の前で崩れ落ちた。

 

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