第9話 『二年後の流れ星』

✳︎これは遠い遠い昔のこと、いや未来のことかもしれません。



「あっ、また流れたよ」


「そうじゃな……」


 夜空を眺める老人と幼い男の子。昼間の日差しの心地よい季節にはなったが、夜はまだ少しひんやりとした空気が残っている。


「あそこにも見えた。お空に流れ星がいっぱいだね」


「ああ、あれは大きいのぉ……。そろそろ帰るか」


「うん!」



 西暦22XX年4月。増え過ぎた人口問題を解決するために人類は宇宙へと生活圏を広げていた。


■■■ 宇宙連邦第七ステーション『ガクエン』にて ■■■

 

「このように多くの困難を乗り越え、ついに人類は真の豊かさを手に入れたのです。先人せんじんたちの偉業いぎょうにみなさんも感謝しなければいけませんね」


「先生!」


「はい。ウラジーミルくん」


「来年の15歳の誕生日に、僕たちは本当の自分の記憶を手に入れるんですよね」


「そうです。君たちはそのための準備期間としてこの十五年間、宇宙連邦のほこる教育プログラムと万全ばんぜんの健康管理システムのもと育てられてきました。君たちの元の肉体はすでに役目を終えていますが、生前の『意識』情報の全ては完全な状態で保存されています。つまり君たちは完全なる復活をげるのです。先生も経験しましたがそれはとても素晴らしい体験です」


「はい!」


「では、続いて高等数学の情報を脳にインストールしますよ」


 子どもたちの装着しているヘルメット型デバイスのバイザーがゆっくりと降りる。


「ヒラリー先生、どうかね?」


「ああ、ドナルド学園長。順調に進んでいます。これなら十分『百周年の記念式典』にも間に合いますね。ですがこれまで同様、懸念けねんしていた理系科目の定着率が……」


「ふむ。それは研究者たちの間でも結論は出ている。今更気にすることもあるまい。追加の補助知能が全て代わりにやってくれるから自分で思考する必要などないのだよ」


 そういうと教頭は自分のこめかみを人差し指でトントンと叩く。


「ですが私は……」


「その思想は危険だよ。自分で思考するなどまるで【地上の蛮族アーシアン】のようだ。大昔から言うだろ『コスパが悪い』と。我ら【天空の貴族スペーシアン】は選ばれし民だ。それを忘れないように。君も長生きしたいのだろ?」


「は、はい!」


 宇宙へ進出した人類は、人口を一定に保っている。人間は死の間際まぎわにその脳を冷凍保存。クローン技術により生成された自己の肉体にその脳のデジタル情報を完璧にアップロードさせることが可能となっている。情報の受け取り先はクローンの脳内に形成されている有機デバイスだ。


 現在の人類は生殖行為による子孫をつくることができないのであるが、この技術で記憶を継承けいしょうし不死を実現したのである。セックスはもはや娯楽ごらくとなっている。


 

■■■  宇宙連邦地上監視衛星『ひまわり』にて ■■■


「よう新人。ここには慣れたか?」


「ええ、お陰さまで。なんてったって全部コイツがやってくれますからね」


「そうだな。まあ軍人っていっても俺たちが自分で戦うことなんてないからな。最新のAIさまが検知けんちして軍事ドローンでババババッで終わりよ。なんせ相手は地上の未開人だ。瞬殺しゅんさつだぜ」


「ですよね。宇宙人でも攻めてくればまだ刺激もあるってものですけど、それもこの百年探しても見つからないとなれば期待薄きたいうすです。ハハハっ」


「そんな新人にいいもの見つけてきてやったぜ。ほら」


 モニター全面にアダルト動画が映し出される。


「こ、これって生成系せいせいけいの……フェイク……。ひえっ、世界的アイドルの! や、やばいですって先輩」


「問題ねぇよ。俺はもう十年はバレて無い。中央のマザーシステムも俺たちのために大目にみてくれてんじゃねえかな。母ちゃんありがと! ってとこよ」


「は、はあ。それならいいかな……」


 後輩が映像を拡大したその瞬間、突如とつじょ警報が鳴り響く。


「げっ! バレた?」


 動画の実行処理はキャンセルされ、画面には非常事態を知らせる赤文字。続いて敵の位置情報を示すマップが次々と展開されていく。


 その15秒後、二人の乗る監視衛星は消失した。



 人類が宇宙に進出した百年目の式典が盛大に行われた二年後のある日、地上に見捨てられた人々の反撃が始まったのである。宇宙から監視していた地上の人々の営みはすべて偽装ぎそうされたもの。【地上の蛮族アーシアン】と呼ばれた彼らは、地下でこの機会を虎視眈々こしたんたんうかがっていたのだった。人工知能に頼ることなく自らの『考える力』によって。


 過酷かこくな環境で生き残るという状況が生物としての人間の進化に力を貸したのかもしれない。【天空の貴族アーシアン】たちそして人工知能は人間の可能性というものを見誤みあやまっていたのだ。時間さえあれば機械は学習しそんな人類の上を行くことも可能だったが、彼らがそんなことを許すはずもなくまさに電撃戦でんげきせん。人が単騎たんきあやつる元々は脱出用ポッドだったそれは自由自在に宇宙空間を動きまわり、軍事衛星を無力化していく。


 メインシステムの搭載とうさいされた中央ステーションが破壊されるまでにかかったのは彼らの作戦開始から僅か15分。次々と地球の重力に引かれていくかつての栄光は、流れ星となり地上に降り注ぎ、落ちていった。


 

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