第8話 悪魔な神父の告白

「待ってよ、君!」


 すぐに追いかけたはずだったのに、人混ひとごみの中に俺は女の子を見失った。サードにはあの女の子が見えなかったらしい。


「おや、こちらにいらしていたので」


 悪魔神父が俺たちの背後に立っていた。


「なあ、水色の服の女の子を見なかったか?」


「水色の……。はて? 見たような見なかったような」


 肝心かんじんな時に頼りにならない奴だ。この広い大聖堂の中で見つけられる気がしない。仕方なく俺はあきらめることにした。だが不思議なことにまた会えるんじゃないかという気もしていた。


「この国、いやこの世界のことを学んでいたのですか。それは感心ですね。では私からもとっておきの秘密をお教えいたしましょうか」


 サードから状況を聞いた神父はそんなことを言う。


「旦那様、とっておきの秘密ですか?」


「ええ、これはサードさんにもお話ししてはいませんね」


 いつもそんな感じなのではあるが、今日はさらに機嫌きげんがよさそうだ。神父は俺たちを連れて歩き出す。すれ違う神官たちは皆立ち止まり頭を下げる。コイツは本当に偉いさんのようだ。メイド服姿のサードを従える冒険者風の俺は神官たちにどう映っているのだろうか。


「サードさん、お茶をお願いしますね」


「かしこまりました」


 そこは神父の私室のようであった。サードは慣れた感じで準備を始める。屋敷とは違い実用面を重視した飾り気のない部屋だ。棚には分厚い本がぎっしりと並んでいる。ソファに座る俺にサードが良い香りのする紅茶を出すと。一冊の大きな本を抱えた神父も座る。


「これはあのフレスコ画と同じものです」


 彼は写しとは言わなかった。ああ、これは写真技術だわ。教会の科学技術の独占ですか。 


「この世界は一度滅んでるんだってな」


「ええ、私の知る限りにおいては一度」


 きっととんでもなく長く生きている悪魔だ。断言すればいいのにと思う。


「それで秘密っていうのは」


「そう慌てないでください。物事には順序というものがございます。まず、以前この世界はカイト様のおられた地球より千年ほど進んでいると申し上げたのは、覚えていらっしゃいますか?」


「ああ」


「進んだ科学文明は多くの人々に便利さと豊かさを提供してきました。もちろん戦争による同族同士の殺し合いもありましたが、国家間の牽制けんせいによって最低限の均衡きんこうは保たれておりました」


「俺の世界もそんな感じだったから何となくは分かる」


「カイト様の国もそうだったかと記憶しておりますが、発展すると人口が減少していきます。後から追いかけてきた国も爆発的に人口が増えるとその後は緩やかに減少に転じます。ですが、この星はすでに増えすぎてしまった人類を乗せるには思われていたほど大きな船ではありませんでした」


「資源の枯渇こかつとか、環境への影響? 温暖化だっけか……、あとは大きな災害」


 学校で学んだ旧世界や旧日本の歴史を俺は思い出してみる。


「さすがはカイト様。ちゃんとお勉強していらっしゃる。当然、我々人類もその限界に気づいておりました」


 いま『我々』って言ったか?


「ふむ。それで戦争でも始めて大虐殺だいぎゃくさつでも行ったのか?」


「まさか、ご冗談じょうだんを。しかし、いま思えばその選択の方が良かったのかもしれませんね」


 神父は笑いながらそう言う。どうも悪魔の考えていることは分からない。


「人類は宇宙に逃れたのですよ。ごく一部の選ばれたもの達と地上の生物の遺伝子サンプルを持って。何とかの方舟ってありますよね、あの方式です」


「旧約聖書のアレか……。それは大多数を見捨てたってことか」


「正直に言えばそうです。シミュレーションではそこから百年以内に地上の人類は死滅するはずだった……」


「はずだった?」


「そうですカイト様。人間というのは素晴らしい、そしてとても恐ろしい生物です」


 神父は一度目を閉じるとゆっくり息を吐いてから再び話し始めるのだった。


「あれは選ばれた人類、【天空の貴族】が盛大に宇宙での繁栄を祝った百年目の式典の僅か二年後のことでした……」

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