第7話 フレスコ画

 しばらく中庭を探してみたが女の子の姿は見つからなかった。多分帰ったのだろう。そう思うことにした。買い出しから戻ったクライフさんにあの女の子のことを話したが、この屋敷の周辺にはそんな子どものいる家はないそうだ。


「そうなの?」


「ええ、それに旦那様の結界けっかいは許可していない者を通すことはございません。女神の擬似妖精は仕方なくとのことですが、おそらくドラゴンの侵入ですらはばむはずです」


「ど、ドラゴン……」


 いるんだ龍も。


「それにカイト様のおっしゃるような形状の水色のワンピースはこちらの世界では見ないですよ。それに発色はっしょくの良い青色染料せんりょうは貴重ですから貴族家の御息女ごそくじょでしょうか。でもこんな場所に迷い込むなんて考えにくいかと……」


 いつの間に起きてきたのかサードもそう言う。彼女は睡眠中でも探知たんち魔法を展開していたようなのだが、それにも引っかからなかったらしい。


「俺、寝ぼけてたのかな……」


 昨日よく眠れなかったし、そういうことにしておこうか。


 サードも来たことなので、軽く屋敷の周辺を案内してもらうことにする。



「何というか想像通り過ぎて……」


 中世ヨーロッパを思わせる街並み、行き交う人々。どれもかつて俺があこがれたそのものだった。そんな場所をサードと歩いていると本当にアカリが隣にいるような気がしてしまい少し混乱する。


「あっ、あそこの串焼くしやき美味しいんですよ。買ってきますね」


 彼女はそう言うと屋台やたいへと小走こばしりで行ってしまった。スキンヘッドのいかついオヤジが笑顔で二本渡すと戻ってきた。


「どうぞ」


 そう言って彼女は自分のを一口食べる。


「食べたりするんだ……」


「ええ、私たちには食事による栄養摂取せっしゅは必要ありませんが、食べますし味も分かりますよ。私たちにとってこれが楽しみなんです。カイト様もめないうちに、美味しいですよ」


「ああ」


 彼女たちの動力源が何なのか知らない。あの悪魔も、複雑な機構で理解できないでしょうからと教えてくれなかった。そう言えば食糧調達で得た物資の中に俺は食べないチョコレートやキャンディのような物もあった気がする。ふむ。彼女たちにもそんな楽しみがあったんだ……。


「ここが大聖堂だいせいどうになります。この国には王や貴族もいますがカタチだけです。実質的には女神と教会組織が政治経済すべてを動かしています」


「レンブラントは地球より1000年進んでるって言ってたけど……」


「ああ、そのことですね。この中でご説明しますね」


 ノートルダムとかサンピエトロだっけか、昔画像でみたような巨大な建物の中へ俺たちは入っていく。教会騎士というのだろうか警備の姿も見えるが、聖職者だけでなく一般市民も多く見える。立ち入りは自由なようだ。


 フレスコ画というやつだろう。巨大な壁面へきめんに美しい宗教画のようなものが描かれている。その前に俺たちは立つ。


「これにこの世界のことが描かれています」


「ほう」


 どうやら世界の創造から現在に至るまでを表現しているらしい。


「芸術作品ですので暗示的ですけどね。聖書も似たようなものですけどこっちの方が文字の読めない民衆にも分かりやすくなっています」


 俺もまだこっちの読み書きは怪しいところがある。それを配慮してくれたのだろう。


「あの後光がさしてるきれいなお姉さんの絵が、女神様?」


「そうです、世界の創造主とされています。名はありません、ただ『女神』と呼ばれます。この国は実在する女神様の一神教ですから、名で示さなくても分かるということです」


「その女神様が天地を創造されたと」


「いいえ。女神は後から登場した存在です」


 急に俺の耳元で小声でそう言うサード。


「おうっ」


 俺より背の低い彼女は背伸びして顔を近づけている。正直ドキッとした。その反応が楽しかったのか俺の前にまわってニコニコしている。


「私たちの周りに遮音しゃおんの魔法をほどこしますね」


 そんなことができるのなら初めからそうしてくれるかな。悪い気はしなかったけど。


「後からってどういうこと?」


「旦那様、レンブラント神父によるとこの世界はかなり科学が進んでいたようです。カイト様のいた地球より数百年も。理由は教えていただけませんでしたが一度世界は滅んだようです。そこからわずかに残された人類は、あの女神とともに復興を成し遂げたようです」


「あそこの絵が、世界が滅んだことを表現しているのかな。骸骨がいこつや悪魔っぽいものも描かれてるし。壁画の中でそこだけ色彩的にも暗いし、絶望の雰囲気が際立っている気がする」


「そうですね。あの悪魔が『カガク』を象徴しているようです。特にこの国ではその言葉をおおやけの場で発しただけで重罪になります。普段の生活にも使われている魔道具にも科学要素は多く組み込まれています。魔導科学という表現がぴったりでしょうか、その知識や技術は教会が独占しています。カイト様には見える擬似妖精もその産物です」


 なるほど。見えないところでは進んでいるということか。するとあの化け物【セラフィム】も……。


 そう思ったとき視界に水色の。


「あの子だ! サード、あの子だよ。俺が見たのは」


「えっ!? どこですか?」


 俺が指差す方向には、駆けていくあの水色のワンピースの女の子の後ろ姿があった。

  

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