第4話 サード

 雲ひとつない青空の下に金色の麦畑が広がっている。俺はそれを荷馬車の上から眺めている。


「こっちも変わんないんだな」


「ええ、惑星の形成から生物の進化までほとんど同じですかね。ですが1000年ほどこちらの世界の方が進んでいますよ」


 ふざけてそんな格好をしているようにしか見えない、神父姿をした悪魔がそう答える。御者ぎょしゃ台には耳の遠いお爺さん。たまたま歩いていた俺たちを拾ってくれたのだが、ガタゴトとうるさい車輪の音で俺たちの会話は聞こえてはいないだろう。


「はあ!? この馬車とかさっき通ってきた村の様子から言えば、中世ヨーロッパって感じだろうが」


「はい、その通りです。こっちは地球でいう『科学の進歩』は女神によって抑制されていますからね。実際に動くのは教会の仕事です。ちなみに私、こっちでは聖職者せいしょくしゃの資格を持っているからくわしいんですよ」


 どこまでもふざけた悪魔だ。俺がにらんでも気にする様子もない。

 

「それで女神さまってのが実在して、魔法なんてものまであることは理解した。ターゲットはその女神でいいんだな」


「その通りです。さすがは日本育ち、理解するのも受け入れるのも早い。私も助かります」


 目の前にいる悪魔の存在を既に受け入れている時点で分かるだろ。馬車は分かれ道を左へと進む。


「ん? ああ、お爺さん。今の道は右ではなかったでしょうか」


「ひひひっ」


 神父の問いに気味の悪い声で笑う爺さん。


「ああ、これは囲まれましたね。盗賊でしょうか? いや、レジスタンス……。まあ、どちらにせよ把握はしてましたけど」


 気づいてたんなら教えろよ。一応神父の護衛という設定で冒険者の格好をしている俺は剣を抜く。麦畑の中から武装した男たちが現れる。御者台の爺さんは既に姿を消していた。


「護衛は殺せ。神父は人質にして教会から金をせしめる。抵抗するなら腕や脚の一二本構わん」


 ぞくかしららしい男が指示する。


「らしいですよ、カイトさん。私のほうが扱いが上ですねぇ」


「うるせえ! 俺がその脚たたってやろうか」


「まあまあ、怒らないでください。やっと到着したようですから」


「ん?」


 神父がそういうと囲んでいた男たちが次々に倒れていく。


「アカリ!? いや、複製体ふくせいたいか……。でもどうしてメイド服」


 血のついた短剣をシュッと振るメイド姿の少女。男たちは全員倒れて呻いている。流れるような無駄のない制圧だった。


「遅くなり申し訳ございません。間もなく教会騎士が到着いたしますので、この者たちは任せておけばよいかと」


「よく来てくれましたねサード。ほら、その可愛らしい姿をご主人様に見せて差し上げなさい」


「え、ええ」


 恥ずかしそうに日本式のお辞儀じぎをするサードと呼ばれた彼女。


「おい、サードって……。一桁番号が存在するなんて聞いてないぞ!」


「はあ。聞かれておりませんでしたので……。ですが、この世界に適応できたのは彼女だけです。貴重ですよ。それに地球で学びましたけど、戦闘力の高いメイドというのは良いものですねぇ」


 アカリのクローン、複製体である彼女たちのナンバーの欠番について俺が触れないようにしていたのは事実だ。成体にまで成長できずに死んでしまう個体が多くいることは知っていたし、それから俺は目を背けていた。


「ご、ご主人様……。似合いますでしょうか……」


 上目遣いで俺をうかがうサード。


「あ、ああ。可愛いんじゃない、かな……」


「やった」


 小さく拳を握る彼女。これは……。


『先輩っ! 似合いますか? 似合いますよねぇ!』

 

 学園祭での模擬店もぎてんでしていたアカリのコスプレ姿と重なった。



 しばらくすると彼女の言っていた騎士たちがやってきた。サードが軽い治療をして縛り上げられた男たちが鉄格子のついた馬車に乗せられていく。神父は教会でも地位が高いことが騎士たちの対応の仕方で分かる。俺も簡単な質問をいくつか受けたが特に何か言われることもなく済んだ。


 その後、教会の用意した馬車に乗って街へ向けて出発した。


「ご主人さまは、こちらの言葉がお上手ですね」


「そ、そうかな?」


 馬車の中は俺とサードの二人きりである。どうしてこんな時にいないんだあの悪魔は……。


 俺はずっとアカリの複製体とは必要なとき以外は距離をとってきた。正直、じょうが移らないようにするためだ。顔も声もアカリのそれであったが、個体ごとに性格は少しずつ違っていた。生存する複製体のすべてについて俺は正確に識別が行える。だが、この子はアカリ本人にかなり近いと感じてしまう。


「やっぱり、ご主人様は優秀です!」


「いや、神父に教わったんだが、アイツと四六時中一緒にいるのが嫌だったから必死で勉強したんだよ」


 この世界での任務の遂行すいこうに必要だから、不自然でない程度まで言葉は仕上げてきたが、あの悪魔から離れたかったのも事実である。実は剣技についても悪魔仕込みであるが、どれだけ訓練してもアイツに勝てる気がしない。


「努力家なんですね、素敵です!」


「あ、ああ」


 つい頬が緩みそうになるのをなんとか耐える。 


「えっと、向こうの私たち……。何か変な言い方ですね。『妹たち』は元気にしていますか?」


「……。生き残ったのは13名だ……」


「そ、そうですか……」


 ほんの一瞬表情が曇ったように見えたが、すぐに彼女は笑顔でこちらの世界について説明を始めるのだった。

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