第3話 枯木再生花(コボクフタタビハナヲショウズ)②
「見ツケタ、ニンゲン。紛イモノハ、必要無シ」
それは確かに喋った。声ではなく直接脳に響いてくる思念のようなものだった。同時に087と107は左右の壁に投げつけられる。二人とも崩れた壁の下に。
「こ、この化け物がぁ!」
俺は自動小銃を【セラフィム】の顔だと思われる箇所に向けて撃ちまくる。
「バリアだと!?」
硬く守られた表皮にこの程度の武器では傷すらつけられないが、三日月状に空いた口のような部分からはダメージを与えられることが分かっていた。だが銃弾は出現した半透明のシールドによって全て防がれてしまった。こんなもの情報にない……。俺に向けて化け物の6本の腕が一斉に伸びてくる。
「隊長! 逃げてください! ここは私たちが」
崩れた瓦礫の中から飛び出した087と107が怪物にしがみついている。
「お、お前たち……」
「あなたを守るために私たちは存在するのです。私たちが『彼女』ではないことはあなた自身がよく分かっているはずです! どうか、お願い」
「で、でも……」
『先輩!』
幻聴? 突然頭の中に聞こえてきた声に俺は走り出した。
振り返ることはできなかった。どれだけ走っただろうか、大きな爆発音が背中越しに聞こえる。空気も地面も振動したけど俺は走った。ただ走った。
重い扉を開く。たったひとりで帰還した。
スタッフは皆察したのか誰も俺に声を掛けない。
唯一この男を除いて。
「よくご無事で。あれほど外に出るのはまだ危険だと申し上げましたのに」
この男は悪魔である。比喩的な意味ではなく悪魔という存在である。
あの日、焼け焦げたアカリの遺体を抱えて街を彷徨っていた俺の前に現れた。【セラフィム】の襲撃を受け大混乱に陥っていた新東京で唯一落ち着き払っていたのはコイツだけだろう。
俺は何の迷いもなくこの悪魔と『契約』した。
俺は悪魔の言葉を無視して施設の最奥、特別室へと入る。この部屋には俺とこの悪魔しか入らない。
「オリジナルはいつ見ても美しいですね。まるで生きているようです」
「黙れ!」
俺はガラス張りの棺の前にへたり込む。
「なあ、アカリ……。君の声が聞こえた気がしたんだ……」
その中には一糸纏わぬ美しい少女が横たわっている。ムカつく悪魔のお陰で酷い状態だった彼女の身体は隅からすみまで再生した。
唯一『魂』を除いて。
彼女は呼吸もするし触れれば温かい。しかし意識を取り戻すことはない。高校生だったあの頃の彼女のまま変わることなくここで眠っている。
「はて? あの世から戻ってこられたのでしょうかね」
この悪魔、いちいち気に障る。しかしあの化け物と戦えているのはコイツのお陰ではある。この地球の科学とは異なる異界の技術によって悪魔はアカリのクローンを生成した。この施設のスタッフは俺と悪魔を除けば全て女性、アカリのコピーである。生成からあの姿になるまで一ヶ月程度。上手く育たず死んでしまう個体も多くいる。これは彼女では無いと自分に言い聞かせながらこれまでやってきた。
クローンたちは皆それぞれの個性を持っていた。悪魔は『魂』はそれらには無いと言い切る。地球でいう人工知能のようなもので人間に似せていると言う。しかし俺にはそれがどうしても信じられない。087も107も他の彼女たちも俺にとっては『アカリ』だった。
たくさんの『アカリ』たちが死んでいった。俺の心はもう限界かもしれない。
「ですが、復讐は果たしたいのですよね。契約は守っていただかなければ……」
「心を読むな!」
「これは失礼を。では私は出ていますかね。ごゆっくり」
悪魔は足音も立てずに部屋を出て行く。
「なあ……」
『先輩は大丈夫ですよ』
また彼女の声が俺には聞こえた気がした。
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