第2話 枯木再生花(コボクフタタビハナヲショウズ)①

「むかしむかしアルトコロに、おジイさんとオばあさンがいましタ……」


 3Dホログラムで生成された映像を食い入るように見つめる子どもたち。俺はモニター越しにその様子を確認する。


「枯レ木に花をヲ咲かせまショウ」


「わーい!」


「お花が咲いたぁ!」


 彼女たちの顔がほころぶ。満開の桜にゆっくりと舞い降りてくる無数の花びら。


 俺はモニターを消す。


「音声技術の再現はあと少しといったところか」


「はい。学習データが少なくまだ違和感が残ります。読み聞かせはやはり人にさせた方が良いかと」


 この第七世代の教育担当をしている白衣の女性研究員がそう答える。


「君も分かっているように人員が足りない。あの子たちの教育は重要ではあるが、君には他にもやってもらいたいことも多くある。しばらくはこのままで頼む」


「はい、ボス」


「アレに対抗するために例の人工知能が導き出したのが『人の感情』だからな。そんな不確定な要素に頼ってようやく人類が生き残れる可能性が1%あるかどうか……」


「いえ、第五世代はそれまでと比べて生存時間が大幅に伸びました。【セラフィム】一体の討伐に成功したのもこの世代であります」


「ああ……、3時間23分14秒。たしかに地上行動の最長記録だ。アレの討伐にも初めて成功した。だが本気を出したアレにはなす術も無かった……」


「ですが、私は信じています。奇跡を……」


「そうだな」

 


 ここは地下深くにある研究所、かつて大きな戦争に備えて造られた核シェルターでもある。もう戦争なんてする余裕は人類にはない。地上は異形の怪物に支配され、僅かに生き残った人類は地下での生活を余儀なくされている。


 あの怪物どもに知性があるらしいことは最近明らかになってきた。海底ケーブルや通信衛星も破壊されたようであり、インターネットはもちろん無線でさえも何らかの方法で妨害され機能していない。他にも生存者はいるのかすら不明だ。


 俺はロッカールームで地上行動用の戦闘服に袖を通す。


「アカリ……」


 ハンガーに吊り下げられたキーホルダーを見て俺は呟く。高校生の時の大事な思い出だ。『魔法少女マジマジ』のキャラクターグッズ。彼女に「先輩とおそろいですね」と渡され、彼女を失ったのもあの日だった。まぶたの裏に今でもその時の光景がはっきりと焼きついている。


 通路を抜けると隊員たちが整列して待機している。俺が前に立つと五人全員が寸分違わず同じタイミング、速さ、姿勢で敬礼する。彼女たちはクローン兵士。いわゆる第六世代と呼ばれる少女たちである。


「本日の目的を伝える。旧第三区画での食糧の確保及びリストにある電子部品の調達である。097と103は遊撃に、087、107、108で探索、運搬を行う。この作戦には俺も同行する。以上」


 彼女たちを俺は番号で呼んでいる。それが当初決めたルールであったが、この施設のスタッフそして彼女たちが自分たちでつけた名前で呼び合っていることは承知している。それに対して俺から何か言うことはない。



 重たい耐熱性の分厚い扉を押し開けて地上に出る。空はいつものように灰色の雲で覆われていた。あの怪物たちの行動パターンはある程度把握できるようになっている。この時間が連中の活性が落ちるタイミングである。睡眠のようなものは取らないようであるが、この時間帯はどこかで休んでいるのか空にその姿は見られない。あの怪物たちはレーダーに反応しないため目視でしか確認できず注意が必要なことは変わらない。


 旧第三区画はかつての商業区域である。有名デパートや家電量販店がほぼ無傷の状態で残っている。他の区域がほぼ瓦礫と化しているのに比べてこれは奇跡的な状況である。これまでの調査の結果、人の生存も確認できてはいないが【セラフィム】の姿もここにはない。


 087、107、108が物資を麻袋に詰めていく。彼女たちの身体能力は俺を遥かに超える。パワー、スピード、視力、聴力など超人の域にあり凡人の俺が敵うことはひとつもない。まさに超人である。


「隊長! 097、続いて103の反応をロスト。敵襲です!」


 087が俺に伝える。想定していなかったわけではないが、これは明らかにおかしい。まさか誘い込まれたのか?


「物資は捨てろ。脱出する!」


「きゃっ!」


 俺の声と108の悲鳴が重なる。彼女は崩れ落ちた天井の下敷きに。


「うっ」


「ああっ」

 

 087と107の身体が宙へと浮き上がる。これは、持ち上げられているのか!?


「こ、光学迷彩なのか……」


 天井がぶち抜かれて広くなった空間に徐々に色を取り戻し現れたのは、3対六枚の翼を持つ異形の怪物【セラフィム】だった。


 

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