第5話 魂の色

「お帰りなさいませ、旦那だんな様。そちらがカイト様でいらっしゃいますね」


 到着したのはデカい屋敷やしきだった。旦那様って神父じゃねえのかよ。清貧せいひんって言葉知らねえのか? 背筋のピンと伸びた白髪の執事しつじさんに出迎えられた。


「はあ……。ご存知のように私、神父でありますから。いろいろと商売もやっておりまして商会長でもあるのですよ。いやあ、お金はあって困るものではないですからね」


 ハハハと笑いながら屋敷の中へ入っていく。執事さんは苦笑いしている。


「さあ、ご主人さま」


 振り向くと笑顔のサードが入るように俺を促す。


「ああ」


 中に入ると予想の遥か上をいく成金趣味なりきんしゅみだった。エントランスは赤絨毯あかじゅうたんにデカい階段、豪華なシャンデリアが垂れ下がり、絢爛豪華けんらんごうか調度品ちょうどひんがある。お前はどこの王族だよ。


「これは悪趣味あくしゅみだな。目がチカチカする」


「旦那さまはこれらにあまり興味を持たれていないのです。それに色覚しきかくに問題があるようで色は分からないようなのです」


「サードさん、それは秘密でよかったのですけどね」


「す、すいません……」


 振り返った神父は怒ってはいないようだ。


「ええ、私に見えるこの世界は白と黒で構成されています。もちろん色というものについての知識は完璧に持っていると自負していますが、それだけではどうも上手くいかないようです。ですが『魂』だけは違います。あれが本物の色というものなのでしょうか。私にはそれを的確に言い表すことはできませんし、どんな魔法によっても再現できません。それでもあれは良いものだと自信を持って言えます」


 神父はさらに『ああ』とつぶやき俺をじっと見つめる。ん? 俺を見ているようでそうではなくその先の何かを……。この視線はこれまでも何度か。そうか……。


「なあ、アンタ。悪魔だからって心を読めたわけじゃなかったんだな」


「ほう。今のでバレてしまいましたか。ええ、魂の色の変化で何をお考えなのか推測しておりました。ですが、ほぼ正解していたでしょ?」


 悪戯いたずらがバレたようにおどける神父。まったく厄介やっかいな。正確に心を読まれているわけでないのはまだマシか。おそらくこれも返事をしなくてもいいのだろう。


 すると複製体の彼女たちにはたいした興味を見せない彼の様子からすると……。


 俺はサードを見る。


「どうしたのですか、ご主人さま?」


 キョトンとする彼女。いや俺には普通の人間にしか思えない。そのときスッと小さな光が横切った。そうだ、これも確認しておきたかったんだ。


「なあ、レンブラント。こっちにきてから何か小さな光みたいなものが見えるんだが。この街に入ってからその数が多くなったっていうか……」


「カイト様には見えていらっしゃいましたか。いや、これは驚きです。この屋敷の中、というかこの執事、クライフの周りには常に飛んでおりますからよく見えることでしょう」


「うん。で、いったい何なんだ?」


「女神の『監視システム』といったところでしょうか。いってみれば擬似妖精ぎじようせいですかね。本物の妖精は私もしばらく見ていませんねぇ。エルフの森なんかにはまだ生き残ってるのでしょうか。ああ、コレのことでした」


 神父レンブラントがスッと手を伸ばして捕まえる。触れるのか? 俺も真似してみるが俺の手のひらを通過してしまった。


「ああ、これにはコツがいるのですけどね」


 そう言うと神父は握り潰してしまった。開いた手の中には何もない。


「女神もいうほど細かく管理しているわけではありませんので、一体消滅したところで問題はありません。彼女はコレで人間を観察しているんですよ。画像情報を収集しているとう感じですかね。特に人の多いところや要注意人物のところとかは念入りに。ねえ、クライフ?」


「は、はあ」


 執事さんはクライフというようだ。神父に言われて少し困った顔をしている。この執事、要注意人物なのか?


「彼は昔、女神に反抗するレジスタンスだったんですよ。地球でいうところの『ハッカー』みたいなものでしょうか」


若気わかげいたりでございます。処刑されるはずだったこの私を救っていただいたのがレンブラント様です。それ以降忠誠ちゅうせいを誓いこのお屋敷で働かせていただいております」


 クライフさんはそう言って胸に手を当てる。


 死刑囚をなんとかしてしまうとか、この神父どこまで権力を持ってるんだ?


「随分昔、女神様にお願いして彼の身柄を預かったのですが、いまだ警戒されてますかね。まあ仕方のないことですけど」



 その後俺はクライフさんに案内されて客室に入った。ここが俺の部屋になるらしい。うん、無駄に広くて豪華だ。


「えっと、サード。この部屋の魔道具の使い方も分かったし、もう大丈夫だよ」


「はい」


 彼女は嬉しそうに返事をするが、部屋を出て行く様子はない。


「君ももう休んでいいから」


「はい」


 ニコニコしている。


「えっと、君の部屋は?」


「カイトさまがいらっしゃる間は、カイトさまのお側で警護けいごすることになっております。ですから


「はあ!?」


 あの小さな光、擬似妖精が俺の前をすうっと通過していった。

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