第16話 覚醒

『この音声データは、キャバリエに初騎乗する君へ王である私からのメッセージである』

 

 これはクライフの声だ。彼が王様?


『この機体は【天空の貴族スペーシアン】たちを打倒するための先人たちの努力、そして血と魂の結集した我らの希望である』

 

「ぐあっ!」


 激しく揺れるキャバリエ。女神の光の弾丸が次々と襲う。


『シールド損耗率そんもうりつ13%。ダメージガ修復ペースヲ上回リマス。回避行動ヲ。敵性反応ノ攻撃パターン分析完了。サポートニ入リマス』


 全ては躱し切れないが随分楽になる。防御しているシールドはどういった仕組みかは知らないが回復していく。画面に表示されている棒グラフ伸び黄色から緑へと回復していく。

 

『対天使戦闘装甲キャバリエ。君は厳しい訓練を潜り抜け騎乗することになったのだろう。それは愛する家族や恋人、友人のためだろうか。その勇気に地上組織を代表して礼を言う。ありがとう』

 

「あはは。そんな古いおもちゃじゃ、わたしすぐに退屈しちゃうよ、カイトお兄ちゃん。ん? カイトおじさんかな? うふふ」


 両手を組み空中で静止する女神。


『知っている通り敵は強大である。だが信じて欲しいのだ。本来のこの地球の生命のようから外れた連中に我々は勝ると。この機体は人間の潜在的な力を引き出せるよう設計されている。承知いただけているだろうが『覚醒状態』に入ることの負荷は大きく、命を失う確率は43%。引き返すのなら今である。私はそれをとがめることは決してしない』

 

 女神が何か黒い物体を複数周りに浮かび上がらせる。


「あれは『天使の化石』か?」


 俺にはすぐに分かった。昔アカリと一緒に見たそれがいくつも。


「これはわたしの作った子どもたちなの。もう人間はいらないかなって。この子たちがこの世界の新しい『じんるい』になるのよ」


 黒い物体が脈動みゃくどうを始め巨大な身体を形成していく。


「ああ……【セラフィム】かよ。最悪だ」


 3対六枚の翼を持つ異形の怪物を前に顔がこわばってしまう。


『だが、地上人類のために私の手をとってくれるというのなら……』

 

「もちろん俺の選択肢なんてハナからひとつしかねえよ。クライフ!」


 俺の言葉か意思なのかに呼応して画面が赤く染まる。


『搭乗者ノ肯定的意思ヲ確認。【覚醒モード】ニ移行シマス。コレニハ過度ノ負荷ガ……』

 

「オッケー、オッケー! 何でも来やがれってんだ。ううっ、これは」


 何かが後頭部に突き立てられた感覚。痛みよりも注入されている薬かナニカで心拍数が上がっていく。おいおい、変なクスリじゃないだろうな。依存症なんて勘弁かんべん……、まあこれは生き残ってから心配することだな。


 急激な興奮状態になり意識が飛びそうになるのを必死で堪える。たぶん鼻血が出てるわ。クライフの伝言メッセージもキャバリエのアシスト音声も聞こえてはいるが、意味が入ってこない。



 

「ふーっ」


『……、君の健闘を祈る。【生のみが我らにあらず、死もまた我らなり】』

 

 ひとまず峠は越えた。頭の中が澄み切っている。何だこの万能感は……。


『搭乗者ノ覚醒ヲ確認。サポート解除。今後、機体ノ操作系ハ全テ搭乗者ノ判断ヲ優先』

 

 異形の怪物たちから放たれる業火を全て回避する。俺の脳が即時に最適解を導き出す。機体も俺自身の身体のようにラグを感じない。意識より早く行動が決定されている気さえする。


「あーあっ。お兄ちゃん、覚醒しちゃったんだ。それズルいよ、はんそくだし」


 女神が不貞腐ふてくされた顔をする。


「ズルでも何でも俺はお前を殺せればいいんだよ!」


「ふふっ、でもね。覚醒したニンゲンってすぐに死んじゃうんだ。身体が持たないんだってパパが言ってたよ。かわいそう、シクシク」


 俺を馬鹿にするように泣き真似をする。


「パパって何だよ。てめえ人工物だろうが!」


「あっ、こ、これは秘密なの。でもいっか、お兄ちゃんどうせ死んじゃうし。わたしは逃げまわってたらいいだけだもんねー。次はお兄ちゃんが鬼だね。わーい!」


 女神は更に上空へと飛び上がる。


【セラフィム】が邪魔で追いつけない。この化け物に中長距離の砲火を浴びせるが傷すらついていない。画面に分析された弱点部分が表示される。やはり口のような部分。そして関節か……。


『機体形状ヲ接近戦形態【ヒトガタ】ヘ変形シマス。使用可能武器ハ高硬度ブレード両手持チ。熾天使級セラフィムクラスノ殲滅ヲ優先』

 

 俺の思考を先読みしたかのようにボールのような機体に手足が生える。剣はいかついが手足部分は貧弱だ。足って……、いや機体バランスを保つのに必要なのか。見た目の文句なんて言っている場合では無い。

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