第17話 ここは天国それとも

 機体が驚く程思うように動く。いま二体目を始末した。【セラフィム】の懐に入り込み一気に関節部分を斬りつける。あれほど固かった皮膚もこの部分だけはあっさりと刃が吸い込まれていく。その巨体があだになり俺の乗るキャバリエを捕まえることができないようだ。


 六本ある気持ち悪い昆虫を思わせる腕を無力化し、最後に顔面に刃を突き立てる。のっぺりとした卵型の真っ白な顔には口だと思われる穴しか空いていない。そこから断末魔だんまつまの叫びのような高音の悲鳴を上げて落下していく。


「何が新しい人類だ。お前らの好きにはさせない!」


 あの時この機体があれば……。死んでいった複製体たちのことを思い出す。


 最後の一体が落ちていく。闘技場の観客たちは避難できたのだろうか。地上の様子は気になったが女神に意識を切り替える。


「へえ、すごいすごーい。こんなに強いのはあの王様以来だよー。しょうがないわね。わたし本気出しちゃうから。えいっ!」


 女神の周りに黒い巨大な輪が形成される。いやあれは『天使の化石』の集合体か!


「へっへー、いまの人類を抹殺するつもりでコツコツ作ってたの。わたし頑張ったんだよ。ねえ、ほめてくれる?」


 無茶苦茶だ。何千、何万という黒い物体が四方八方に飛び、成長していく。青空が異形の怪物で埋め尽くされているように見える。これは人類を滅ぼす神の軍隊なのか。


 【聖なる哉、聖なる哉、聖なる哉、万軍の主。其の光榮は全地に満つ。】


 身体中の血液が一気に冷えていくような感覚に襲われる。


『心拍数低下。搭乗者ノバイタルニ異常発生。機体操作ヲ代行、戦場ヲ離脱シマス』

 

 なんか言ってるのが聞こえるが俺の頭はそれを理解するのを放棄している。機体が衝撃で何度も大きく揺れるのは感じることができる。この感じは落下しているのか、そうか墜落してるんだな……。


「ごめんな、アカリ……。敵討ちはできなかったみたいだ。がはっ!」


 口の中に鉄っぽい嫌な味が広がる。まだ味覚は生きているようだ。とは言っても使い道はないがな。内臓がやられたんだろうか。ああ寒い、凍えるようだ。それに眠い。これってアレだな、雪山で死んじゃうやつ。額やこめかみに吸いついていた触手のようなコードも外れてしまってる。何だよ、キャバリエ。俺より先にっちまいやがったのか。戦場で馬を失った騎士は死ぬしかないってか……。そしてこれまでで一番の衝撃が俺を襲った。




「……さま。カイトさま。聞こえますか?」


 ぼんやりとしていた視界がはっきりしてきた。ハッチが開いてるのか、吹き込む風が気持ちいい。この子はアカリ? いやこれはサードだな。複製体はみんな同じ顔に見えるけど表情の作り方がそれぞれほんの少しだけど微妙に違う。あの子たちの識別コンテストがあったら間違いなく俺が一等賞だ。これは俺の自慢のひとつだ……。


「サード。お前がいるということはここは天国なんだな。地獄じゃ無いことが分かっただけでも俺はホッとしているよ」


「何を言ってるんですか! さあ、この機体から出て逃げますよ」


 逃げる? 何から?


『あーあー。カイトさん生きていらっしゃったようで。良かったです』

 

 これは悪魔の声だ。ということはなんだ地獄だったのか……。でもサードは天国にいないといけないと思うぞ、悪魔のやつに抗議だ。


「失礼します、カイト様」


 パンっ! という音と左の頬に痛み。


「あっ、生きてた。それにサードお前も!」


「良かった。正気を取り戻されたのですね! はい、私は丁度あの時、強制睡眠の状態にはいったのです。自動修復で傷もこの通りです!」


「お、おっぱい!」


 メイド服の胸元を見えるようにしようとしたのだろうが、彼女の常人の数倍ある腕力は自分の服を引きちぎってしまった。


「あっ!?」


 慌てて腕で胸を隠すサード。


「い、いえ。カイト様に見られて恥ずかしいとか、そういうことではありません。こ、これは緊急事態ですし」


 オロオロするサード。俺もあのガラスケースの中に安置されているアカリの美しい肢体したいは見慣れている。美しいといった感情以外には何も無いはずだったが、サードの様子を見ているとなんだか俺も恥ずかしくなった。


「あ、ああ。すぐに出るよ。ぐわっ!」


「きゃっ!」


 全身を激痛が襲う。そうだ俺は死にかけてたんだっけ。サードの上におおいかぶさってしまう俺。なんか柔らかくて……。


「ご、ごめん。でも、身体が自由に動かなくてさ……」


『あーあー。とても楽しそうなところなのですが失礼いたします。女神が接近しておりますので何とかその場から脱出を』

 

 レンブラントの声がした。そ、そうだった。事態は緊急を要する。自分で動けない俺はサードの肩を借りて立ち上がる。極力視線をサードに向けないよう努める。


「へーっ。あの高さから落ちて生きてたんだ。もしかしてお兄ちゃん、人間じゃないのかな? それにその人形もどうして壊れてないの? おかしいよ。絶対におかしい!」


 ゆっくりと水色ワンピースが降りてきた。上空も地上も【セラフィム】によって囲まれてしまっている。せっかくの脱出のチャンスが俺のせいで台無しだ。

 

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