第19話 悪魔の契約

「あ、アカリ!?」


 気がつくと俺は仰向あおむけに倒れていた。


「気づかれましたか、カイトさん」


 俺の声で気づいたのか、離れた場所に立っていたレンブラント神父がこちらに歩いてくる。周りにあったはずの建物がすべて無くなっていた。地平線まで更地さらちなのか、背後には動かなくなったキャバリエ。それを支えに何とか立ち上がると巨大なクレーターの真ん中にいることが分かった。


「これは?」


「街がひとつ消し飛びましたね。アリス、いや女神も消滅しました。ありがとうございました。カイトさんのお陰です」


「いや、あれはサードが……」


「カイトさん。私には見えたのですよ。色が」


「色?」


「ええ、魂の色です。彼女はアカリさんでした」


「……!?」


「ずっと不思議だったんです。彼女の複製体たちが私の想定外の振る舞いを見せることに。そうです、うっすら彼女たちにも色があったんですよ。あの行動はすべてアカリさんの行動そのもの。アリスも言っていたように私も研究者の端くれなんですけども、いまだにあれを上手く説明することができません」


「そうか、アカリがずっと側にいてくれたんだ」


「そうですね。そしてこの悪魔との契約は終了です。悪魔との契約なんてこんなものです。最後に何も残りません。大抵たいていの物語がそうでしょ。みんな不幸で終わるんですよ」


「そうかな? 少なくとも最期にアカリはあんたに感謝してただろ。俺もそうだ。アカリに会わせてくれてありがとうな」


「はあ……。これだから人間というものは……。ですね」


「さて、この荒れ果てた土地の復興でも一緒に始めるか?」


「まさか? それは私の仕事です。カイトさんにはしなければならないことがあるのですよ。ここはあなたのいた並行世界でもありますし、あなたの世界の未来の姿、いや過去の姿でしたか……。まあ、どちらでもいいです。それでは頑張ってカイトさんの世界を救ってください」


 神父は両手を広げるとそれをパンっと打ち鳴らした。



 



「先輩? ねえ、先輩。聞こえてますかー!」


「はっ!?」


「あ、アカリなのか?」


「何寝ぼけたこといってるんですか。私じゃなかったら誰と一緒にいるんですか? ああ、こんな可愛い後輩と一緒にデート状態だっていうのに、もしかして他の誰かさんのこと考えてたとか。それは失礼じゃないんですかねー。私泣いちゃおっかなー。えーん、えーん」


「アカリ!」


「へっ!? じょ、冗談ですって。あ、あのこれって……。家族連れがこっち見てますって」


 俺はアカリを抱きしめていた。生きてる。アカリが生きてる。


「ん? 先輩、泣いてるんですか? ど、どういうことなんでしょうか。えっと、嫌、じゃないです。嫌じゃないですけど、時と場所を考えてですね……。もう、カイト君!」


 俺は突き放された。あ、あれは夢だったのか? ついアカリを抱きしめてしまった。ああ、顔が怒ってる。なんてことを俺は……。


 アカリが突き出したのは水色のハンカチだった。


「涙とか鼻水とかこれでいてください! ちゃんと洗濯して返してくださいね」


「あ、ああ。ごめん」


 アカリはあのときのままだ。そして俺は若返っている。いや、夢の中のことだし。


「ひ、ひっ!?」


「またまたぁ。次はどうしたんですか、カイト先輩」


「こ、これ。て、天使の……」


「さっきも一緒に見てたじゃないですか。天使って卵生らんせいかよってぼやいてたじゃないですか。もしかしてボケちゃったんですか? カイトお爺ちゃん? もう、って呼んだ方がいいですか?」


「ご、ごめん……」


「あーあー。当館の営業時間はまもなく終了となります。まもなく終了でーす」


「げっ!? レンブラント!」


「もう、ふざけるのもそれくらいにしてくださいよ。行きますよ!」


 俺はアカリに無理やり引っ張られる。


「えっ、だってガードマンの人、さっきまでぽっちゃりした感じのおじさんだったろ? アイツはさあ。ねえ、アカリ聞いてる?」


「ご来館ありがとーございましたー。それではカイトさん頑張ってくださいね」



「ねえ、パパもういいかなー。アリス、待ってるの疲れたよー」


「ああ、お待たせしましたね。ここでのお仕事はここまでですよ。さあ、私たちも行きましょうかね」


「うん!」



 数日後、かの国から世界にばら撒かれた『天使の化石』は、一斉に脈動みゃくどうを始めた。ただの無機物だと思われていたソレは生命体として成長を始める。


 人類は……。


 


 了

 

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とある並行世界の春の終末 卯月二一 @uduki21uduki

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