第六話 裁縫教室へ

前回のあらすじ

 読み書きの授業の終わりに、ソフィアは清々しい気持ちで作文を提出し、マリーとともに言葉を交わさずに温かい友情を確かめ合った。



 休み時間、サン=カトリーヌ女子初等学校の教室は生徒たちのにぎやかな声に包まれていた。その中にあって、ソフィアだけは一人、窓の外に広がる景色に思いをはせていた。読み書きの授業で味わった苦労が、未だに彼女の心に重くのしかかっている。


 そんなソフィアの傍らで、マリーが優しく声をかけた。


「ソフィア、次は裁縫の時間よ。一緒に教室へ行きましょう」


 ソフィアは複雑な心の内を押し隠すかのように微笑んだ。マリーの温かな言葉に触れはしたものの、心の奥底ではどうしても居場所のなさを拭い去ることができずにいた。


「ありがとう、マリー」


 ほっと一息つきながらも、裁縫バッグを手に取り、教室を後にした。


 廊下を歩みゆく中で、マリーはふとソフィアに問いかけた。


「ねえソフィア、あなたのお父様はフェリックス・ヴァンダーライトさんなのよね?」


 その問いに、ソフィアの表情が一瞬にして輝きを増す。


「そうなの。パパのこと知ってるの?」


 ソフィアの声には、純粋な喜びと控えめな照れが織り交ざっていた。


「もちろん! 昨日、パパにサーカスに連れて行ってもらったの。そこで、あなたのお父様のマジックショーを拝見したのよ」


「本当に? 私、パパのマジックが大好きなの」


 ソフィアの眼差しは誇らしげに輝いている。


 マリーは興奮を押さえきれない様子で、パフォーマンスの様子を語り始めた。


「最初に現れた時の、あの真っ赤なシルクハットとタキシード姿。そして、優雅な所作とカリスマに満ちた声。わたし、すっかり魅了されてしまったわ」


「マリー、パパを褒めてくれてありがとう。あなたの言葉を聞いて、私もうれしい」


 ソフィアは、マリーの言葉に心が温かくなるのを感じた。パパへの賛辞を惜しみなく贈るマリーの姿に、ソフィアは思わず微笑みがこぼれる。二人は顔を見合わせ、言葉なく通じ合える喜びを分かち合った。


 二人が裁縫教室に足を踏み入れると、そこには縦長の空間が広がり、ゆったりとした雰囲気に包まれていた。教室の東側に設けられた2つの大きなアーチ型の窓からは、朝の柔らかな光が注ぎ込む。その光に照らされて、生徒一人一人の表情までもがくっきりと浮かび上がっている。窓際に置かれた緑の鉢植えは、教室に爽やかな彩りを添えていた。


 教室の中央には6台の大きな作業台が整然と並び、それぞれに4脚ずつ椅子が配されている。作業台の木目は温かみのある茶褐色に輝き、丁寧に磨き込まれた表面はまるで鏡のよう。


 生徒たちは思い思いの席に着くと、針や糸、はさみ、チョークなどの裁縫道具を机の上に広げ始める。それらが奏でる静かなカタカタという音が重なり合い、教室内は期待に満ちた喧噪けんそうに包まれていく。


 その活気に満ちた空気に、時折生徒たちの明るい笑い声が弾けて緩急をつける。


「ソフィア、あなたの席はここよ」


 窓際の作業台で、マリーがソフィアに手招きをする。ソフィアが席に着くと、二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。


「ねえソフィア、サーカスの衣装ってどんな感じなの? きっとカラフルで、キラキラしているのでしょう?」


 裁縫道具を広げながら、マリーが目を輝かせて尋ねる。


「うん、その通り! 私はいつもママと一緒に、ダンサーの衣装作りを手伝ってるの。きらびやかなビーズをびっしり縫い付けたり、チュールスカートをふわっと重ねたり……とってもワクワクするのよ」


 ソフィアの言葉は弾むように響き、まるでその美しい衣装が目の前に広がっているかのようだった。


「わぁ、きっと素敵な衣装が出来上がるのでしょうね。わたしも、ソフィアみたいに素敵な服が作れるようになりたいわ」


「そんな……でも、コツをつかめば案外簡単なのよ。よかったら今から教えてあげるけど、どう?」


「ぜひ教えて欲しいな!」


「じゃあ、やってみよう! 私の知ってるテクニック、たくさん教えるね」


 二人の会話に、周りの生徒たちも興味をそそられていた。


 その時、清楚せいそな鐘の音が授業開始の合図を告げた。生徒たちは笑顔を交わしながら、それぞれの席へと静かに戻っていく。


 二人はこれから始まる授業への期待に胸を膨らませて先生の到着を待つのだった。

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