第三話 旅立ちの朝に揺れる心

前回のあらすじ

 ソフィアはサーカス団のキャンプを後にした。不安と期待が入り混じる中、エミリーとの思い出を胸に、ソフィアは新天地での素敵な出会いを心に願いながら一歩を踏み出すのだった。



 公演会場を後にしたソフィアは、舗装された道を静かに進んでいく。淡いブルーのワンピースが風にひるがえり、朝日のまぶしい光に照らされてきらめきを放っている。


 道の両脇には、菜の花畑が地平線の彼方まで広がり、鮮烈な黄色のじゅうたんが朝日を受けて黄金色に輝いている。ところどころに点在する赤い屋根の農家が、のどかな田園風景を織りなしている。大地が息づいているかのような春の訪れを感じさせる光景に、ソフィアの表情は次第に和らいでいった。


 涼やかな風が髪をなびかせ、ソフィアの頬を優しくなでるように吹き抜けていく。風に乗って、村の教会の鐘の音が遠くから聞こえてくる。神聖な響きが、ソフィアの心に安らぎをもたらした。


 次第に上り坂になる道を、ソフィアは一歩一歩、前に進んでいく。坂の頂上に差し掛かると、視界が開け、目的地の村が眼下に広がった。


 石畳の道が村の中心へと伸び、その先に尖塔せんとうの屋根を持つ重厚な建物が静かにたたずんでいる。


 深呼吸を一つ。ソフィアは村への下り坂に足を踏み出した。道の両側の木々が、まるでソフィアの門出を祝福し、見守っているかのように、葉をそよがせている。


 村に近づくにつれ、通学途中の女の子たちの姿が見え始める。年頃は様々だが、どの子も上品なワンピースに身を包み、晴れやかな表情で語らっている。


 春の日差しが、レンガ造りの重厚な門柱を照らしている。鉄製の門扉もんぴには校章があしらわれ、石の表札には「サン=カトリーヌ女子初等学校」の文字が刻まれている。その名を仰ぎ見て、ソフィアの胸は高鳴った。


 ソフィアが門に近づくと、正面に広がる花壇が目に飛び込んでくる。鮮やかなチューリップ、清楚せいそなデイジー、香り高いライラック。春の喜びに満ちた花々が、まるでソフィアに歓迎の挨拶をしているようだ。思わず足を止め、花々の美しさに心奪われる。


 しかし、サーカス団員の子という自分の立場を思い出し、ソフィアの心に不安の波が押し寄せる。上品なワンピースに身を包んだ女の子たちが、三々五々校門へと急ぐ。艶やかな髪、生き生きとした表情、笑顔を交わす姿。まるで絵画から抜け出てきたかのような女学生の群れに、ソフィアは圧倒されてしまう。果たして自分が、この学校に溶け込めるのだろうか。


 女の子たちの間を縫うようにして、ソフィアも重い足を動かす。か細い肩がすくむ。校舎の尖塔を見上げれば、それはあまりにも大きくそびえ立っている。


 だが、すぐ隣の聖母マリア像が、優しい眼差しでソフィアを見守っているのに気づく。その眼差しに、ソフィアの心は少しずつ和らいでいった。新しい環境に飛び込む不安はまだ残っているものの、どこかに希望の光が差し込んでいるようだった。

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