第六話 ママの昔の夢

前回のあらすじ

 別れ際、ソフィアはクリストフの新しい学校生活が順調であることを願い、エレナもソフィアの新生活に希望を抱いた。二人はキャラバンへと向かい、美しく装飾された木製のドアを開けるのであった。



 キャラバンの扉を開けると、外の世界とは一線を画す温かな空間が広がっていた。入口正面には、巧みな細工を施された折り畳み式テーブルと椅子、本棚を兼ねた収納棚が、限られたスペースを最大限に活用するように配置されている。壁には、ソフィアが心を込めて描いた家族の肖像画と、色鮮やかな公演ポスターが、バランスよく飾られている。


 奥には、木の温もりを生かしたシンプルながらも洗練されたデザインのキッチンと寝室が備えられている。キッチンには、ストーブ、調理台、食器棚が、効率的に配置され、限られた空間が最大限に活用されている。


 寝室には、大きなベッドが部屋の中央に配置され、その一角には、ソフィアの小さなベッドと、彼女の大切な本や思い出の品を収める手作りの木箱が置かれている。


 壁面には、衣装を掛けるハンガーとフェリックスのマジック道具を収納する棚が、整然と取り付けられている。内装全体は、木の温もりを生かしたシンプルながらも洗練されたデザインで統一され、エレナの繊細な手仕事が生み出したレースのカーテンやクッションが、空間に上品な彩りを添えている。


「ソフィア、今日は大変だったわね。よく頑張ったわ」


 エレナは娘の頬に優しくキスをすると、ストーブに火を入れ始めた。


「今日はクリストフが手伝ってくれたから、全然大変じゃなかった」


 ソフィアは笑みを浮かべて答えた。友の温かさが、改めて胸に染み入るのを感じる。


「さ、夜食の支度をしましょう。きっとパパも空腹のはずよ」


 そう言って、エレナはコンパクトなキッチンに向かった。


 ふたりは一緒に夜食の支度を始めた。ソフィアは母の優雅なたたずまいを横目で眺めていた。エレナのくり色の髪は、両サイドから後ろでまとめられ、ゆるやかなシニヨンに結われている。その茶色の瞳は、知性と優しさをたたえている。


 エレナが着ているパステルイエローの長袖ブラウスは、襟元にレースの縁取りがあり、胸元にはピンタックが施されている。


 エレナがストーブの前に立ち、大きな鍋を火にかける様子を、ソフィアは興味深く観察していた。キャベツスープの芳醇ほうじゅんな匂いが、狭いキャラバン内に広がっていく。母の手際の良い調理ぶりを見ていて、ソフィアはふと彼女の若い頃について考えた。想像しにくいが、果たして母にも、自分と同じような夢があったのだろうか。


「ママは、サーカスの舞台に立ちたいと思わなかったの?」


 切り出すタイミングを見計らって、そう尋ねた。


 エレナは昔を懐かしむように目を細め、ゆっくりと語り始めた。


「私も昔はね、舞台に立つことを夢見てたの。でもあの頃は、女の子がサーカスなんて、ありえないことだったのよ。家族も伝統的な考えの人たちだったから、認めてもらえるはずもなくて……」


 彼女の瞳に、過去の苦い思い出が浮かんでいる。


「両親はもちろん、周りの大人たちも、女の子は結婚して家庭を守るのが幸せだと信じてたの。でも私は違った。サーカスの舞台に立つ夢を諦めきれなかったのよ」


 エレナは少し目を伏せ、過去を思い出すように語り続けた。


「夢を諦めるなんて、自分の心にうそをつくようで耐えられなかったわ。舞台には立てなくても、せめてサーカスに関われる仕事がしたい……そう必死に思ったの」


「そこで選んだのが衣装作り。夢とは少し違う形だったけれど、それが私にとっての居場所になったのよ」


 エレナは微笑んだが、その笑顔には若い日の葛藤がにじんでいた。


「舞台に立つ夢は諦めたけれど、その分、衣装作りという別の形でサーカスに関わることができた。そして何より、あなたやパパと一緒に幸せな家庭を築けたのよ」


 ソフィアはじっと母の話に耳を傾ける。


「ソフィア、あなたには自分の夢を追いかけてほしい。そしてその過程で、家族のきずなを大切にする方法を見つけてほしいの」


 エレナは娘の手をそっと握り、瞳をまっすぐに見つめた。ソフィアは母の言葉の重みを感じ、力強くうなずいた。


 そのとき、ふたりはキャラバンの扉の開く音に振り向いた。


「ただいま!」


 晴れやかな表情で、フェリックスが帰宅の挨拶を告げる。疲れを隠すように微笑む彼の姿に、エレナとソフィアの視線が注がれた。

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