第二話 舞台裏の団らん

前回のあらすじ

 フェリックスは観客の反応に心から感謝し、大きな拍手と共に舞台を後にするのだった。



 公演の興奮冷めやらぬ舞台袖ぶたいそでには、慌ただしく動き回るスタッフたちの姿があった。


 サーカス団長のエドワードは、チャコールグレーのウールスーツに身を包み、金の懐中時計のチェーンを手に取りながら、若いアシスタントたちに次々と指示を出していた。銀髪と口髭くちひげが品格を漂わせる風貌からは、長年の経験で培われた判断力と統率力が感じられた。


 舞台に程近い場所では、フェイスペイント芸人のアリアンナが、オイルランプの柔らかな灯りの下、俳優たちの化粧に没頭していた。彼女の器用な指先から生み出される鮮やかな色彩が、まるで魔法をかけるように俳優たちの表情を変えていく。


 フェリックスは、木枠とキャンバス地で仕切られた楽屋へと足を進めた。ドアには「F・ヴァンダーライト」と刻まれた木製のプレートが掲げられている。その文字を指でなぞりながら、彼は静かにドアノブに手を伸ばした。


 ドアの蝶番ちょうつがいがきしむ音を立てる。部屋の中から漏れるかすかな灯りは、温もりを感じさせる。


 狭い楽屋に一歩足を踏み入れた瞬間、待ちわびたようにたたずむ妻エレナと娘ソフィアの姿が目に飛び込んできた。壁に掛けられたオイルランプが、ほのかに揺らめく。その柔らかな灯りに照らされて、愛する二人の表情がくっきりと浮かび上がる。


 ソフィアは、えくぼと可愛らしい鼻のそばかすが印象的な、健康的な肌色の少女だ。大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳は、部屋の照明を受けて柔らかな光をたたえ、驚きと喜びに輝いている。


 くり色の髪は肩まで伸びた長さで、ふんわりとしたカールがかかっている。


 ソフィアが身につけているのは、淡いブルーを基調とした、ふんわりとしたシルエットのコットンドレスだ。裾にはレースが施され、袖口そでぐちにはリボンが結ばれている。


 靴下を履いた足には、リボンのついたメリージェーンが履かれている。ドレスをはためかせながら、フェリックスの元へと駆け寄るソフィアは、まるで物語に登場する小さなヒロインのようだ。


「パパ、すごかったね! ハトが帽子から出てきた時、みんなびっくりしてた! まるで魔法みたいだったよ!」


 抱き上げられたソフィアは、うれしそうに頬を緩めた。


「ソフィア、君の笑顔こそ、パパの心に魔法をかけてくれる。君という宝物に恵まれて、パパは幸せ者だよ」


 一方、エレナは誇らしげに夫を見つめていた。


「あなたのマジック、素晴らしかったわ。観客の皆さんも、心から楽しんでいらしたわね」


 エレナは労をねぎらうようにそっとフェリックスの肩に手を添えた。陶器のように滑らかで美しい手だ。


「エレナ、君とソフィア、そして仲間たちの支えがあるからこそ、私はステージに立てるんだ。感謝しているよ」


 ソフィアは、楽屋の木箱を利用した簡易ベンチに腰掛けたフェリックスの隣に座り、今夜のショーについて、次から次へと質問を投げかけた。


 楽屋の片隅では、先ほどまでフェリックスが身につけていたタキシードが、エレナの手によって丁寧にたたまれ、木製の衣装ラックにかけられていった。


 天井から下がるオイルランプが、揺らめく灯火の中で、家族の団らんを優しく照らし出していた。


 フェリックスは、木箱のベンチに座ったまま、過ぎ去った日々を懐かしんでいた。楽屋の壁には、簡素な鏡台きょうだいが設置されていた。周りには、家族との思い出の写真や、ファンから寄せられた手紙が飾られていた。


 それらは、一家が積み重ねてきた思い出の数々であった。


 その中に、ひときわ目を引くセピア色の写真があった。そこには、若き日の自分と、かつての同僚だったギルバートの姿が写っていた。二人は肩を組み、マジシャンの衣装に身を包み、希望に満ちた眼差しでカメラを見つめていた。


 かつての友とのきずなは、いつしか時の流れに埋もれてしまったが、彼はギルバートの現在を案じずにはいられなかった。

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