第三話 壁を乗り越える覚悟
前回のあらすじ
団らんのひと時の中で、フェリックスは若き日の同僚ギルバートとの思い出の写真を見つめ、彼の現在を案じるのであった。
フェリックスがかつての同僚ギルバートに思いをはせていると、ドアをたたく音が響いた。
ドアが静かに開き、入ってきたのはエドワードだった。
エドワードはフェリックスに近づくと、晴れやかな表情で語りかける。
「今夜も素晴らしいショーだったね、フェリックス。私も若い頃は奮闘したものだが、君の才能には脱帽だ」
「団長、あなたの導きなしには、今の私はなかったでしょう」
一方、ソフィアの目の前には、古ぼけたテーブルの上に、何枚ものコインが並べられている。ソフィアの細い指がコインをつまみ上げると、その手の内に収めた。金属が奏でる柔らかな音を立てながら、コインは巧みにその姿を消した。
息を止めたまま、彼女はゆっくりと手を開く。コインの感触を確かめるかのように、優しく手のひらをなでる。するとふいに、コインが指先の間からサラサラと流れ出て、テーブルへと舞い戻った。
満足げにしながらも、ソフィアの瞳には真摯な光が宿っている。
フェリックスとエドワードは、そんな彼女を温かく見守っていた。彼らの眼差しには、ソフィアの情熱への賞賛と、未来を案ずる憂いが混じり合っていた。
フェリックスはソフィアに声をかけた。
「ソフィア、その調子だ。君の手さばきは日に日にさえわたっているよ」
「いつかは私も、パパのようにマジックで人々を魅了する存在になりたいの。そのために、日々の鍛錬を積み重ねていくつもりよ」
その言葉を受け、エドワードは思慮深げに語り始めた。
「ソフィア、君の情熱は本物だ。だが、女性がマジシャンになるなど、言語道断だと世間は言うだろう。女は家庭に入り、夫に仕えるのが当然だと。舞台に立とうなどもってのほかだ。それでも夢を追うのなら、あらゆる困難に立ち向かう覚悟が必要だ。差別や偏見、嘲りの目。君の前には容赦ない現実が待ち構えている」
ソフィアの心に、エドワードの言葉が重くのしかかる。世間の偏見の多さを思えば、不安で胸が押しつぶされそうだった。それでも、彼女の瞳の奥には、かすかな光が揺らめいていた。
「団長、正直怖いです。でも……私には夢があるんです」
ソフィアは言葉を詰まらせながらも、懸命に思いを伝えようとした。
「女だからといって諦めたくないんです。たとえ世間の偏見にさらされても、一歩一歩自分のペースで前に進んでいきたいです」
エドワードは、ソフィアの瞳に宿る強い意志を見て取った。
「つまずいても、くじけても、私なりに精一杯頑張るつもりです。だから……どうか見守っていてください」
ソフィアの声は震えていたが、彼女の意志は揺るぎないものだった。フェリックスとエドワードは、無言のうちに目を見合わせる。時代に逆らい、新たな道を切り
フェリックスの心には、娘への愛おしさと誇りの念がこみ上げてくる。
「君の夢を、私は応援する。周囲の偏見に屈してはならない。信じる道をひたすらに突き進むのだ」
父の力強い言葉に、ソフィアの瞳からは希望の光があふれ出した。
一方、エレナはソフィアに寄り添い、その肩を抱いた。
「ソフィア、あなたの夢は尊いものです。でも、女性には家庭を守る大切な役割もあるの」
「夢を追いかける前に、妻として、母としての務めを果たすこと。それができてこそ、初めて自分の人生を歩むことができるの。無理はせず、ゆっくり考えなさい。私はいつでもあなたのそばにいるからね」
ソフィアは母の言葉に一瞬とまどいを覚えた。母の愛情と心配りには、いつも助けられている。家族を大切にする気持ちは、自分の中にもしっかりと根付いている。
それでも、彼女の心の奥底では、諦めきれない熱い思いがわき上がっていた。
「ママ、心配してくれてありがとう。私も家族を何より大切に思ってる。だけど、今は夢に向かって、全力で頑張りたいの」
「今は、私のすべてを夢にかけたいの。どうか見守っていて」
エレナは娘の真剣な眼差しを見つめ、静かにうなずいた。
ソフィアは感謝の笑みを浮かべると、一枚のコインをつまみ上げ、円を描くようにくるくると指先で転がし始めた。シルバーの輝きが、スピンを描く美しい軌跡をほのかに浮かび上がらせる。
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