第十話 午後の練習に向けて

前回のあらすじ

 鐘の音が昼休みの終わりを告げると、生徒たちは次々と立ち上がり、校舎へと戻っていった。ソフィアも慌てて立ち上がった。マリーはソフィアに手を振りながら、夜の舞台裏への来訪の約束を確認した。



 穏やかな昼下がり、ソフィアは馬車型キャラバン「ヴァンダーライト号」の入り口で、優しい眼差しのエレナに出迎えられた。


「おかえりなさい、ソフィア。今日の学校はどうだったの?」


 エレナの手に導かれ、ソフィアはキャラバンの中へと入っていった。木の温もりに包まれた居住スペースには、昼の日差しが窓から差し込み、柔らかな陽だまりを作っている。


「ただいま、ママ」


 ワンピースのボタンを外しながら、ソフィアは学校での出来事を思い出した。


「読み書きの授業が難しくて、ついていくのが大変だったの。それに、裁縫の授業では先生に注意されてしまって……」


 ソフィアのワンピースを受け取ったエレナは、ハンガーにかけて丁寧に襟を正しながら、娘の瞳をのぞき込んだ。


「ソフィアが学校で戸惑うのは仕方ないことよ。サーカス団とは違う世界だもの。でもソフィアなりに頑張ったのよね。偉いわ」


 練習用の衣装を取り出しながら、エレナは娘を励ました。ソフィアは白いコットンのブラウスに袖を通した。その襟元には、月と星のモチーフの刺繍ししゅうが施されている。


「えへへ。私、ルナ・カーニバルの一員でよかった」


 エレナはソフィアにネイビーブルーのキュロットスカートを手渡しながら微笑んだ。


「ママもうれしいわ。ソフィアがサーカス団のことを誇りに思っているなんて」


 スカートをはくと、ソフィアは部屋の隅に置かれた姿見の前に立った。


「ねえママ、今日は素敵な子と出会ったの。マリーっていう子なんだけど、私のことを理解してくれるの。優しくて、頭も良くて……サーカスにも興味を持ってくれたの」


 エレナはソフィアの髪をとかしながら、娘の報告に耳を傾けた。


「良かったわね、ソフィア。マリーさんはソフィアと心を通じあえる素敵な子なのね」


 ソフィアのくり色の髪はハーフアップに結われ、白いリボンが結ばれた。エレナは満足げにうなずく。


「うん。それでね、マリーを夜の舞台裏に招待したの。いいよね?」


 ソフィアは鏡越しにエレナを見つめた。


「もちろんよ。ソフィアの大切な友達なら、いつでも歓迎するわ」


 鏡に映る自分の姿を見つめながら、ソフィアは小さくつぶやいた。


「それから、ジャンヌさんていう子には冷たくされて……」


 エレナはソフィアの肩に手を添えた。


「ジャンヌさんに冷たくされて、辛かったわね。でも、あなたは何も悪くないのよ。ソフィアらしく、自分の思いを伝えていけば、きっとジャンヌさんにも分かってもらえるわ」


 ソフィアは小さくうなずいた。エレナは娘の背中をそっとなでる。


「そうだといいな……私、ジャンヌさんとも仲良くなりたいの」


 練習の身支度が整ったソフィアを見て、エレナは娘を抱きしめた。


「ソフィアなら大丈夫よ。あなたの持っているものを信じて」


 母の言葉に勇気づけられるように、ソフィアは練習への意欲を新たにした。


「ありがとう、ママ。それじゃあ、行ってくるね」


 エレナに手を振って、ソフィアはキャラバンを後にした。外に出ると、春の日差しがサーカスのテント群を照らしている。大きく伸びをしたソフィアは、友への思いを胸に、練習場へと駆けていった。

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