第九話 語られる真摯な想い

前回のあらすじ

 ソフィアはマリーを夜のサーカスの舞台裏に誘った。マリーもソフィアの申し出を喜んで受けた。しかし、少し離れたベンチからジャンヌが冷ややかな眼差しで見つめていた。



 ジャンヌは鼻にかすかなしわを寄せ、マリーとソフィアの親密な様子を不満げに眺めている。やがて彼女は二人に近づくと、マリーに向かって尋ねた。


「ちょっとマリー、サーカスの子と仲良くするなんて、何を考えているの?」


「パパが言っていたわ。サーカス団はならず者の集まりだから、近寄ってはいけないって。ポール神父様も、サーカス団は堕落しているから気をつけるようにって」


 ジャンヌの言葉に、周りに集まっていた女の子たちの間に動揺が走る。


「そうよね……サーカスの子なんて……」


「私も、あまり近づきたくないわ……」


 女の子たちは次第にソフィアとマリーから距離を取り始める。


 ジャンヌはその様子を見て満足げに微笑む。


「ほら、みんなも不安に思っているのよ。あなたと一緒にいると、私たちまで変わり者だと思われてしまうかもしれないわ」


「ねえソフィア、サーカスの人って遊んでばかりなんでしょう? 私たちみたいに学校の勉強やお手伝いをしなくていいから、ある意味羨ましいわ。何でもできる自由な生活って感じがするもの」


「遊んでばかりなんてそんな……私たち、毎日練習しているのに」


 ソフィアは、歯を食いしばるようにして言葉を絞り出した。


「サーカス団は、ただ遊んでいるわけじゃない。私たちは毎日必死に練習して、観客を喜ばせるパフォーマンスを作り上げているの」


「私は……サーカス団の一員であることを誇りに思っている。確かに学校とは違う世界だけど、それだって素晴らしいものなの。一生懸命練習して、お客さんを感動させる……それが私たちの生き方なの」


 目には涙を浮かべながらも、ソフィアは懸命に自分の思いを伝えようとする。


「サーカスで学んだことは、たくさんあるの。仲間を信じること、夢を追いかけること、困難に立ち向かう勇気……その全部が、私の大切な宝物なの」


 ジャンヌは思わず言葉を失う。


「ソフィア、あなたは優しくて、強い人なのね」


 マリーの瞳に揺るぎない信頼を見出したソフィアは、安堵あんどの息をついた。


 けれどジャンヌは不機嫌な表情を崩さない。


「マリー、あなたは優しすぎるわ。サーカスの子と関わったら、あなたの評判まで落ちてしまうわよ」


 自分のせいで、マリーに嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思った瞬間、ソフィアの瞳が潤む。


「ジャンヌ、あなたは私の大切な友達よ。でも、ソフィアだって大切な友達なの。ソフィアを知れば、あなただって彼女の良さが分かるはずよ。お願い、ソフィアのことも受け入れて」


 マリーの真摯な言葉に、ジャンヌはとまどった表情を浮かべる。


「マリー……あなた、本当にそう思ってるの? 私……」


 ジャンヌは一瞬ソフィアと目が合うが、すぐに目を逸らした。それでも小さな声でつぶやく。


「何よそれ。私が変わる必要なんてないわ」


 そう言い残すと、ジャンヌは足早に立ち去っていった。


「ジャンヌさん、私のことが本当に嫌いみたい……」


「わたしたち急に仲良くなったから、ジャンヌは少し寂しい思いをしているのかもしれないわ」


「そうだったんだ……私、ジャンヌさんの気持ちに気づいてあげられなくて……」


「わたしたち、一緒に頑張りましょう。ジャンヌとも、みんなとも仲良くなれるように」


「ええ、そうね。私、転校続きだったから友達を作るのは苦手だったけど……でも、みんなと仲良くなりたいな」


 二人は清々しい笑顔を交わした。


 そのとき、鐘の音が昼休みの終わりを告げると、芝生の上で談笑していた生徒たちは次々と立ち上がり、校舎へと戻っていった。


 ソフィアは慌てて立ち上がった。


「あ、もうこんな時間! 午後の練習に遅れちゃう」


「ええ、頑張ってね。それで、夜は舞台裏に伺っても?」


「もちろん、待ってるよ!」


 マリーはソフィアに手を振りながら言った。


「パパにお願いしてみるわ。気をつけてね!」


 ソフィアも元気よく手を振り返す。

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