第七話 裁縫の授業

前回のあらすじ

 清楚せいそな鐘の音が授業開始の合図を告げ、生徒たちは笑顔を交わしながら、それぞれの席に戻っていった。ソフィアとマリーは微笑みを交わし、新しい授業への期待に胸を膨らませながら、先生の到着を待っていたのであった。



 陽光が、裁縫教室の窓から差し込み、色とりどりの布地の上できらめいていた。金色に輝くほこりの粒子がキラキラと舞う。生徒たちは思い思いの席に着くと、裁縫道具を手に取り、それぞれの作品に取りかかった。


 ソフィアとマリーは隣り合わせに座り、夢中になって針を進める。ソフィアの器用な指先では、優雅に踊るかのように針と糸が白いリネンの上を滑っていく。真剣な眼差しで生地に向き合う傍ら、時折マリーに微笑みかける。マリーもソフィアの手元を興味深そうにのぞき込み、その技法を真似しようと努める。


「ねえマリー、昨日ダンサーが着ていたドレスなんだけど、実はこのステッチを使っているの」


 ソフィアが繊細なステッチを指差しながら微笑む。


「ママに教えてもらったんだ」


「そうなんだ!」


「それであんなに美しいドレスができるのね。わたしもいつかソフィアみたいなドレスを作ってみたい」


「いいよ、今度一緒に作ろう!」


「サーカスのみんなも喜ぶと思うの」


 二人の楽しげな会話に、周りの生徒たちも興味をそそられる。微笑ましく見守る者もいれば、複雑な感情の交錯する眼差しを隠せない者もいた。


 そこへ、黒衣のデュボワ先生が近づいてきた。年輪を刻んだ厳しい表情で、二人を見下ろす。


「ソフィア、針の運びは速いようですが、基礎をおろそかにしてはなりません」


「サーカスのやり方とは違うのです」


「で、でも先生……これは母から教わった縫い方で……」


 峻厳しゅんげんな眼差しを前に、ソフィアは言葉を飲み込むように黙り込む。


「ここはサーカス団ではありません」


「一般社会の一員として、きちんとした縫製技術を身につけることが求められるのです。学校の方針に従って、正しい手順を学びなさい」


 そう言い残すと、デュボワ先生は冷ややかにきびすを返し、去っていった。


 ソフィアは先生の背中を見つめながら、視線を落とす。サーカス団の技術と学校の指導方針との間で、彼女の繊細な心は揺れる。


 そんな葛藤に気づいたマリーは、そっと彼女の手に自分の手を重ねる。優しく指を絡めながら、ソフィアの瞳を見つめる。


「あなたの才能は本物よ。先生にはサーカス団が理解できないだけ」


「でも、受け継いできた技術は素晴らしいはず。自分を信じて。わたしはあなたの味方だから」


「マリー……ありがとう」


 ソフィアの瞳が、涙で潤む。けれど、その唇は微笑みをたたえていた。


「あなたの言葉で、勇気が出た」


 互いを見つめながら、二人は小さくうなずき合う。


 深呼吸をしてどよめく心を落ち着かせたソフィアは、姿勢を正して再び針を取る。裁縫に向き合う瞳には、りんとした輝きが宿る。先生の指導と母の教えの狭間で揺れる思いを胸に秘めつつ、針を穏やかに沈めていく。


 教室の喧騒けんそうの中、二人は針と糸の織りなす小さな世界に没頭する。


 紋様が浮かび上がるたび、言葉にならない連帯感が芽生える。


 そんな中、ソフィアはふと違和感を覚え、針を止める。ゆっくりと顔を上げると、教室の隅にジャンヌのたたずむ姿があった。冷たい青い瞳でソフィアを見据える眼差しは、嫉妬と嫌悪が入り混じる。


 一瞬、二人の視線が絡み合う。


 不安に揺れるソフィアを、マリーは心配そうに見つめる。


「ソフィア、大丈夫? ジャンヌのこと、気にしないで」


「ううん、気にしてない」


 作り笑いを浮かべるソフィアだが、その声はかすれていた。


「私、大丈夫」


 マリーは察するように、そっと彼女の手を握る。その温もりに、ソフィアは少し救われる。


 ジャンヌはソフィアから視線をそらすと、不機嫌な表情を浮かべる。


「ふん、サーカスの子のくせに、なんだかうぬぼれてるみたい」


 彼女は独り言のようにつぶやく。


「たかが針の使い方が上手いからって……私だって負けないわ」


 傲慢な言葉とは裏腹に、ジャンヌの横顔は妬みにゆがんでいるようだ。


 鐘の音が高らかに響き、授業が終わりを告げる。ざわめきと共に席を立つ生徒たち。ソフィアとマリーも荷物を持って教室を後にするが、二人の後ろ姿をジャンヌが鋭く冷たい眼差しで見送ることに気づいていない。

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