23 決着
ラムダは走り、メテオラに駆け寄った。
「おい! 生きてるか馬鹿!!」
肩を掴んで揺さぶり、仰向けに寝かせ直して覗き込む。メテオラは瞼を開けていた。口と鼻から流した血が顔を床を汚している。
黒目だけが動いて、覗き込むラムダを見た。
「おー……弟くんいたか……?」
「いやそんな場合じゃねえだろ、どうなった?」
「それは、っ、ゲホッゲホッ!」
思い切り咳き込むと同時に血が飛んだ。ラムダはとりあえず袖口でメテオラの血を拭うが、回復魔法の類は使えないしまともな用意もない。
また魔力を渡すか、と顔を近付けかけるが、
「メテオラ様の勝ちですよ」
ヒオノシエラの冷静な声が聞こえてきた。
ぱっと見れば、半泣きのロウに付き添われたヒオノシエラが、ラムダとメテオラのところまで歩いてきていた。
「私の出せる最も強い呪文をメテオラ様は凌ぎました。その上で防護壁を破り、魔力増強の紋を入れている肩を抉られたので、戦闘終了としたところです」
ヒオノシエラは淡々と話し、氷魔法で自分の肩を補強してからメテオラを見下ろした。
「とは言え、メテオラ様は瀕死でいらっしゃいますが……」
「…………放置したら死ぬか?」
「どうでしょう。どうも、心臓部がアプラゴニア由来の機械のようですし、通常の人間族とは勝手が違いそうです」
そこまで話してからヒオノシエラは膝を折り、半泣きのままのロウに頭を垂れるようにした。
「ロウ様。無理を言ってこちらまで来て頂き、ありがとうございました。メテオラ様との約束、ラムダ様の希望の通り、ご帰宅頂いて構いません」
「えっ、……でも、それだと」
「この大陸全土はやがて冬の状態になりますが、土地により気温差は出るかと思います。こちらのリモクトニア・ピルゴスから離れて頂ければ、多少は平気かと」
「ヒオちゃんは? ぼ、僕は、ここに残ってもいいと思ってるよ」
ヒオノシエラは一瞬止まってから、
「──正直に申し上げますが、ロウ様だけが残られた場合、季節封印装置にすぐにでも貴方を放り込むつもりでした」
問題発言をした。黙って聞いていたラムダはつい立ち上がる。
「そういうことは言えよ……!」
「申し訳ありません。メテオラ様が耐えると思わなかったため、ラムダ様が残られるならば言わなくていいと判断していました」
ラムダは言い淀み、ぐったりと横たわっているメテオラを見下ろした。戦闘終了と聞いて気が抜けたのか、ダルそうに手を上げて残っていたドラゴンを部品に戻し回収している。
孤児院を燃やしたクソ召喚士だが、間接的に弟を助けてくれたことになるのかと思い、全力の大きなため息が出た。
恩は返す。そう決めて、ラムダはヒオノシエラに向き直る。
「じゃあ、この馬鹿と弟を連れて、塔を降りてもいいのか?」
「はい、結構です。……怪我は負いましたが楽しかったですと、そこで伸びているメテオラ様に伝えてください」
「起きてるっつーの……」
メテオラの弱々しい返事に、ヒオノシエラはふっと柔らかく微笑んだ。
話はまとまった。ラムダはそう思ったが、ロウが立ち上がったヒオノシエラを引き止めた。
「? どうされました、ロウ様」
「あのさ、ヒオちゃんは、ずっとここにいるの?」
「そうですね……酷暑の王に話をしに行った後は、やることもないので、この塔に物見遊山に来るであろう冒険者と遊びながら過ごそうかと」
「ヒオノシエラさんもまあまあ脳筋だな……」
「いえ、私はどちらかといえば戦闘狂です」
悪政だったと本人が言っていたとラムダは納得する。
何にせよ余生を決めているなら、それはそれで良い。ラムダは伸びているメテオラを抱き起こそうとそばに膝をつく、が。
「ヒオちゃん、僕らと一緒に来なよ」
今度こそ塔を降りられると思ったところで、ロウがとんでもないことを言い始める。
ヒオノシエラも驚いたらしく、ここまでで一番目を見開いていた。
「ロウ様、それは」
「この塔には、もういなくていいんでしょ?」
「そういうことにはなりますが」
「ここに来る冒険者と遊ぶなら、ほら、近くには僕らの住んでるシェルヌがあるんだし、ヒオちゃんもそこで暮らしながら、冒険者が来た時だけ塔に戻って遊べばいいよ」
「……その町のことを忘れていましたね、停止魔法を解かなければ」
「ならどっちにしろ、一回シェルヌに行かなきゃダメでしょ?」
ヒオノシエラは視線を横に流し、人差し指と中指で唇をむにむにと擦っていた。めちゃくちゃ悩んでいるようだった。
最後にはラムダが担ぎ上げたメテオラへと視線を向けて、
「……全快されたメテオラ様と再戦がしたい気持ちはあります」
戦闘狂らしい言葉を漏らした。ラムダの背中の上で、メテオラがウヘェ……と声を漏らした。
「なら決まり! 行こ、ヒオちゃん、兄ちゃん!」
ロウが弾んだ声で言った。ヒオノシエラは頷き、それならと、片手をかざして部屋の真ん中に渦のようなものを生み出した。転移魔法というらしかった。シェルヌ近くまで、一瞬で移動出来るようだ。
なんでも出来るなこの魔王……。
「おい、ラムダ……」
「ん?」
「宝物庫……」
「明日にしろよ、今日のところは帰らせろ」
メテオラはまだ何かをもにょもにょ言っていたが、無視して転移魔法の前へと連れて行く。
中に入ると眩しい光に包まれ、次の瞬間には氷漬けのシェルヌの前についていた。辺りは薄暗く、どうも早朝のようだった。
丸一日、あの塔の中にいたらしい。
「メテオラ」
背中に向けて声を掛けると、
「なんだよ……」
と多少回復したような返事があった。
「なんつうか、……弟のことも、俺のことも、ありがとう」
メテオラは深いため息のあと、ラムダの耳元で笑い声を漏らした。
「大陸全土、クソ寒くなっちまったけどな」
それはそうだったが、今後のことは明日以降考えたかった。
何せラムダも、魔力を渡し続けた反動が来て、急速に疲労を感じているのだった。
ヒオノシエラにより、シェルヌにかけられていた時間静止魔法は解かれた。
予想していたことだが町のあちこちで悲鳴やらなにやら、主にとんでもなく寒いことについての絶叫が聞こえてきた。
何事かと外に飛び出してきた住民たちは、ボロボロのラムダとメテオラ、明らかに人間ではないヒオノシエラを見て、また叫んだ。ラムダはもうほぼ限界で、ロウとヒオノシエラに後を頼むと、這々の体で自宅まで向かい、寝具にメテオラと共に倒れ込んだ。
それはもう死んだように眠った。
途中で一度だけ目を覚まし、なにやら嬉しそうに話すロウと、相槌を打ちながら話を聞くヒオノシエラと、自分にがっちりしがみついて爆睡しているメテオラをそれぞれ視界に入れたが、耐え切れずにまた寝落ちた。
異様な疲労はメテオラに魔力をほとんど渡したせいもあったのだろうと後で思った。
次に目を覚ました時には部屋の中に誰もおらず、ラムダは寝具から降りると、町の外にやっと出た。
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