凍える塔と機械の帝国 〜即席コンビでダンジョン攻略するしかない〜

草森ゆき

1 最悪の出会い

 男なら誰でも良かった。股間にぶら下がるアレがあればなんでも構わない。後腐れさえなければそれでいい。

 ラムダの貞操観念はそんなものだ。今日もアサシン専用の依頼をこなし、仕事終わりの性欲を癒そうと酒場に向かい、暇や性欲を持て余していそうな男を見繕って、適当に声を掛けた。

 男はあっさり乗ってきた。顔で選んだわけではないが、見た目もそう悪くはなく、ラムダはいつも利用する実質それ用となっている安宿にさっさと移動した。


 途中まではかなり良かった。相性もだし、男の適当さもだ。ラムダは自分の弟に悟らせないよう性欲を処理することに中々苦心していて、こいつみたいな適当なやつがいつも捕まればいいのになと、両足を相手の腰に絡めつつ心の中で嘆いていた。

 グローブを嵌めたままハメ始めた意味はわからないが気楽さの前には些末な話だ。偶に、また会いたいだとかこのまま付き合わないかだとか、粘着し始める奴が現れる。突き合いたいが付き合いたくはない。それをわかっていないやつは、根本がダメだ。

 などとごちゃごちゃ考えていた。その思考を断ち切ったのは、男が放った一言だった。


「あー、孤児院燃やした時くらい、サイコ〜……」


 孤児院?

 ラムダは眉を寄せつつ、自分の上で呑気に腰を振っている男を見上げた。

 しれっとした顔だった。ラムダの視線に気付いて笑い、ライトグレーの少し癖がある髪を掻き上げながら、初めて召喚したやつでさあ、と軽い調子で言葉を続けている。


「十年くらい前にさー、召喚したドラゴンが、近くにあった孤児院全焼させたんだよな〜……超燃えて、すげー気持ち良かったんだけど、今あの時くらいサイコー……」

「…………なああんた」

「ん〜?」

「もしかして、クソカスの悪事ばっかり請けて、手ぇ出した案件は目茶苦茶な焦土になるって噂の悪徳召喚士メテオラか?」

「えっ、俺のこと知ってんの?」


 知っているも何も、知らないヤツのほうがいやしない。特に自分のような、暗殺専門の職についていると手配書はよく回ってくる。似顔絵もついていたはずだが現在目の前にいる男とはあまり似ておらず、でも髪色は同じだな……と今更実感する。

 そんな有名なんだ俺〜! とかなんとか喜んでいる男改めメテオラの腰に、更に足を巻き付けてがっちりと押さえ付ける。ついでに括約筋も締めて固定して、悦んだ声を漏らしているメテオラの死角から──枕の裏から、念のため忍ばせていたダガーナイフを抜き取った。

 首筋を切り裂いたつもりだった。まさかの空振りにラムダは瞠目した。

 メテオラは上半身を捻って、ギリギリで刃先を避けていた。


「あっぶね〜! 何すんだテメー!」

「殺すんだよテメーを」

「はぁ!? 急に何? すげーノッてたじゃんさっきまで!」

「あんたさ、自分にかかってる懸賞額知らないのか?」


 きょとんとしたメテオラに、このくらい、と指で輪っかを作り金額を提示する。


「え、超高くね」

「だろ? つうわけで殺す」


 ラムダはナイフを握り直して今度は心臓部を狙った。しかし切っ先は、グローブを嵌めたままの手が遮った。

 手を犠牲に防いだと一瞬思った。しかし、メテオラの掌には刃先が突き刺さっていなかった。


「殺す気なら、殺すしかねえんだよなァ!」


 メテオラのグローブが赤く発光し、その光は掌に召喚用の紋章を浮かび上がらせた。ラムダは素早く両足を外して身体を捻り、回避の体勢を取った。メテオラの拳がめり込んだ安宿のベッドはバキバキと音を立たせながらぶっ壊れた。

 こいつ物理もいけんのかよ……! ラムダは心の中で毒づき、ベッドを飛び降りて全裸のままダガーを向け直す。メテオラはメテオラで全裸のまま──ちなみにイチモツはまだ元気だ──両手で拳を作り、振りかぶって殴りかかってきた。

 避けて、ナイフを突き出す。避けられて、フックが飛ぶ。更に避けると、後ろの壁が派手に割れる。隣部屋で致していたカップルが全力の悲鳴を上げて部屋から逃げ出す。


「召喚士のくせに脳筋かテメェ! さっさと刺されて死ね!」

「嫌に決まってンだろ〜〜がよ!!お前が死ねよビッチ野郎!」

「倫理観終わってるヤリチンゲイのゴミクズ召喚士に言われたくねえな!」

「るっせ〜〜!!オレは男も女もモンスターも召喚獣ももれなく抱けんだよ!!!」

「性対象終わり過ぎだろ死んで詫びろや股間ごと世紀末の極悪天パ野郎!!」


 二人が全裸で殺し合っている間に、宿はほぼ壊滅していた。

 はっとしたのはラムダの方で、メテオラは両拳を地面につけて召喚用の呪文を口に出しかけていた。

 まずい。ラムダは即座にナイフを投げつけ、メテオラの召喚を止めた。

 それから全速力で逃げた。背後からテメー覚えたからな赤毛の全裸野郎! と負け惜しみが飛んできたが、ブーメランなので無視して全裸のまま夜の町を駆け抜けた。


 ラムダは速かった。付近のアサシンの中では一番と言っても良いくらいに俊敏で、そのため顔と全裸を見られることはないまま弟の待つ家に辿り着いた。

 森の奥にあるちいさな家だ。そっと中に入ると弟のロウはもう眠っていた。ありがたい限りだった。ラムダはそろそろと部屋の中を進み、部屋干ししてある服を着てから、自分のベッドへと静かに入った。

 弟の寝息を聞きながら、ついさっきの乱闘を思い出す。あいつ、メテオラ。付近にいたとは知らなかった。だが好都合だ、細々した依頼ばかりこなすよりも懸賞金のほうが早い。生活費を考えずともロウを育てるための資金にすぐ使える。顔はもう覚えた。明日から早速探して殺す。金の問題を置いておいても単純にめちゃくちゃムカついたから殺す。


 そう決めて眠った。しかしラムダの計画は余裕で頓挫した。

 懸賞金のことを知ったメテオラは即座に町を出ていたし、安宿破壊の犯人を血眼で探す宿の主から逃げ出すしかなくなった。


「兄ちゃん、何やったの……」

「や……宿壊した……」

「うっわ……懸賞金ついたんじゃない……?」

「ついたかもしれねえ……」


 ラムダは森の奥の小屋を売り払った。ロウと共に離れた町へと移り住み、そこで新たな生活の基盤を整えることとなる。


 ロウが連れ去られ、メテオラと再会するのは、一年後の話である。

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