2 東の町シェルヌ
ラムダとロウが移り住んだシェルヌという町は辺境の地ではあるが、牧歌的で良いところだった。
ふらりとやってきた兄弟を歓迎し、余っているのだとすぐに住居を用意してくれたし、ラムダが探索にも長けるアサシンだと知れば辺りのダンジョンをいくつか教えてくれた。
暗殺依頼はさほどなかった。対人間の仕事は帝都に近いほうが増えるし、ラムダは納得した。
一応手配書の類を確認したが、メテオラの手配書は以前にも目にしたあまり似ていない物のままだった。
「取り逃したのは痛かったな……」
夜の家の中で、ラムダはつい呟いた。ぱっとロウが顔を上げる。あいつさえ捕まえていれば、ダンジョン内の宝探しをしなくてもそこそこ金に余裕が出ている。なので、辺境まで逃げる羽目になったのはあいつのせいだ。
宿を全壊させたことの方が余裕で痛手なのだが、ラムダはすべてをメテオラのせいにする。
そんな兄を見てロウは別のことが気になってきた。
「兄ちゃん、そのメテオラっていう召喚士、どんなやつなの」
「お前は知らなくてもいいんだが」
「いいじゃん別に。僕だってさ、そのうち兄ちゃんと同じアサシンになってちゃんと働きたいと思ってるんだし、懸賞金つきの逃亡犯のこととかも覚えておきたいんだよ」
アサシンは然程ちゃんとした職業ではないとラムダは思う。
自分がやっているのは、単純に何かの捜索が得意で、足がかなり速いからだ。後不意打ちで殺すことと急所攻撃の一撃殺しも得意だ。おかげで自分とロウの今の生活がある。
「なあ、教えてってば」
更にねだられたため、ラムダは仕方なく口を開く。
「リーマ孤児院ってわかるか?」
「あ、知ってる知ってる。十年くらい前に全焼して、孤児も働いてる人もみんな焼け死んだっていう」
「そう。それをやったのが、メテオラ」
ロウは口を開けた。普通にポカンとして開いた口だった。
そんな弟の様子を尻目に、ラムダは更に説明を加えた。
リーマ孤児院はどこにでもある、普遍的な孤児院だ。主に魔物によって親を殺された子供が育てられていた。
孤児院にも優劣は存在してしまうが、リーマは中の中、帝都は遠いがあまり魔物の多くない地域の平野に建つ孤児院で、近場には食用スライムを養殖している画期的な牧場などがあった。
ここが、燃えた。やったのはもちろん、悪徳召喚士のメテオラだ。
「目撃者はほとんどいねえけど、そのスライム牧場の牧場主だけがなんとか見てたんだと。前日に迷い込んできた十五歳くらいの、見たところ見習いっぽい召喚士の男が、なんにもねえ平野で急にドラゴン呼び出して孤児院をそのまま焼き払ったらしい。メテオラはよっしゃあ! ってガッツポーズして、自分は呼んだドラゴンに乗ってどっか行ったんだとさ。これが全容」
「えっと、ドラゴンってそんな簡単に呼べるの?」
「他にツッコむとこあるよな?」
ラムダは溜め息を吐きつつ、一応召喚術の説明もする。
召喚士は基本的に種族契約だ。
獣族と契約すれば獣型の召喚獣、昆虫族と契約すれば昆虫型の召喚獣、そしてドラゴン族と契約すればドラゴン型の召喚獣が呼び出せる。
しかしロウの疑問の通り、ドラゴンと契約できることはまずない。
ドラゴン、幻獣、魔王族の三種は、契約するだけで術師の魔力が根こそぎ持っていかれてしまい、そのまま死に至るのが通常だ。
「じゃあ、そのメテオラって人は、めちゃくちゃ強いってことだよね?」
「……まあ、本当にドラゴンと契約してるなら」
ラムダは懐疑的だった。なんせ目撃情報は一人だけ、しかもスライム牧場の牧場主は相当混乱していたらしく、事件後は牧場を畳んで療養生活に入ったという。
鳥獣族のなにかをドラゴンと見間違えたんじゃないか。ゴッドバード的な、炎使いの鳥でもいて、なんというか、火を噴いたというか。
ここまで考えてから、宿屋の一件を思い出す。
あの時のメテオラは手に嵌めたグローブで殴りかかってきた。何かしらの付加魔法はかかっていたし、召喚術の応用だとは思われる。
全壊した宿の瓦礫の上では、召喚術を使おうとしていた。最中には本人が「ドラゴンを召喚した」と発言している。イキった可能性はあるが、やっぱり本当にドラゴンが呼べるのか?
不明点が多い。だがどちらにせよメテオラがかなりムカつくこと自体に変わりはない。
ラムダは思考を止め、家の中にある手配書の束の中から、メテオラのものを引き抜いた。
「ほら。こいつがメテオラ。つっても、似てないけどな」
「へえ……というか、兄ちゃん」
「ん?」
「このメテオラとどうやって知り合って宿屋ぶっ壊す暴れ方なんてしたわけ?」
ラムダは止まった。一期一会のセックスを楽しもうとしただけだと、ロウに言うわけにはいかなかった。
「な、成り行き」
無様な話の逸らし方をしたが、ロウはなんとなく大人の事情なのだと察してしまったようで、曖昧な笑みで頷いた。
新しい生活は上手くいっていた。
ロウはシェルヌにすぐ馴染み、同年代の子供たちと遊んだり勉強したりと、すくすく育っていた。
ラムダは安堵した。
自分が両親を殺し、当時四歳だったロウを連れて逃げてから、もう十年以上経ったんだなとしみじみした。
はじめは孤児院を転々としていた。メテオラが潰したというリーマにも一年ほどいたし、自分があいつと同じ年齢、十五歳になる頃には、アサシンとして金を稼いでロウを守り続けてきた。
ロウはもう十四歳、もうすぐ十五歳だが、自分と同じようなアサシン、潰しのきかない死亡率の高い職業にはならないでほしいと思っている。
まあ、町の道具屋をやっている裏で、自分たち兄弟を虐待していた親のような町民にもなってほしくはないが……。
ラムダはそのように考え込みながら、仕事を探してシェルヌの町の中を歩き回っていた。
もう一年は住んでいるため、ときおり町の住民に声をかけられる。
辺境にある小さな町だから、ラムダのようなアサシン、冒険者でくくれる類の人間は少ない。
そのためある程度重宝されて、近辺に出没した魔物に困っているという類の細かな頼み事をしばしば請けた。
それらをこなしているうちに、元々愛想のいいロウだけでなく、無愛想なラムダもシェルヌに馴染めた。
帝都にわざわざ近づかなくても全然まともに暮らせるじゃねえかと、ラムダは半ば永住を決めていた。
「すみませんラムダさん、お願いがあるんですが……」
声をかけて来たのは町の代表をつとめている男性だった。
「少し距離はあるんですが、北東方向にある塔の様子を見に行って欲しいんです」
「塔……ああ、あれっすか」
ラムダは町民の住居の奥、森林を抜けた先にぼんやりと浮かぶ縦長の建造物に目を向ける。ここから見える程度には大きいダンジョンだ。
でも確か、立ち入りは禁止されていた。
ラムダの考えをわかったように町長は続けた。
「最近、冒険者の誰かが入ってしまったようで。封鎖されていたはずの入り口が開いていたと報告を請けたんです……。
魔物の多い地帯ですし、我々が行くには不安が大きくて。危険なお願いなのは承知していますが、見に行って頂けませんか?」
ラムダに断る理由はなかった。快く受注して、その日の夜にはロウに依頼内容を説明し、翌日には出立した。
失敗だった。
ラムダがそう悟るのは、塔の入り口に辿り着いた時だった。
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