7 箱の中身は?

 メテオラは塔の開かれた扉にまっすぐ近づいていった。両開きの大きな扉だ。よく見ると幾何学模様のようなものが表面すべてを覆っている。

 機械の虫たちに周りをぐるぐる回られながら、メテオラは納得した声を漏らした。


「封印が劣化した感じかな〜、ラッキー!」


 そう言ってさっさと塔の中に入っていく。メテオラを盾にしようと決めながら、ラムダもその後に続いた。虫たちは羽を畳んで、一匹ずつラムダとメテオラの隣を歩き始める。

 出したまま行くのかよ、と思ったがすぐに取り下げた。

 扉のすぐ向こうはやたらと広い円形の部屋になっており、奥に続く扉の手前に、巨大な箱が浮いていた。


「……なんだあれ」

「ラムダ、足元足元」


 メテオラに示されて自分の足元を見る。

 床はびっしりと氷の粒に覆われていて真っ白だが、その白さの中に、ときどき不自然な盛り上がりがあった。

 自分たちより先にこの塔に入った誰かの死体だ。ぴくりとも動かず、凍り続けている。

 寒すぎて凍死したのかと思った瞬間、金属を擦り合わせたような音が鳴った。

 奥への扉前にいる箱が変形し、筒の形になっていた。その先端から勢いよく冷たい風が吹き出して、床や死体、壁に至るまでを凍らせていった。

 二人はメテオラの魔法のおかげでとりあえずは無事だが、吹雪は当然、正面扉の向こう側へ流れていく。

 ラムダは大体を察し、余裕そうな顔のメテオラを横目で見た。


「もしかしてなんだが」

「ん〜?」

「俺らより先に来た奴らのせいで、俺の町は凍ったのか?」

「いや、うーん……どうだろうなあ……。まーちょっと確認してみようぜ、俺もあんな箱型の魔物知らねーし」


 メテオラはすっと片手を上げた。従ってか、メテオラの隣にいた虫が飛び上がる。

 その直後に、筒形になった箱へと勢いよく突撃していった。

 ドゴン! とすごい音がした。

 虫は当然バラバラになり、箱はまたガチャガチャと変形して、巨大な斧の形になった。


 メテオラが砕けた虫を回収するのと、巨大な斧が振り下ろされるのはほぼ同時だった。

 凍った床に斧の先端が音を立てて突き刺さる。射程が案外と長く、メテオラとラムダは左右に飛び退いて刃先を避けた。

 ──が、斧は素早く方向を変えて、メテオラを狙って振り抜いた。メテオラはうおあ! と素っ頓狂に叫びながら上半身を逸らし、ギリギリで追撃を凌いでいた。

 ラムダは止まってみた。斧は執拗にメテオラをぶった斬ろうと動いていて、こちらを向く気配はない。

 あいつ、明らかに狙われてねえか。虫を一匹焚き付けたからか?

 考えつつ自分の隣にいる虫を見下ろすと、主人の危機に困っているのか、その場を右往左往していた。

 メテオラは追撃を避け続けている。


「ん〜〜〜、めんどくせーな! ラムダ! 見てねーで助けろよ!!」

「無茶言うなって、そんなもんどうやって」

「その横の虫使っていいから!!」


 などと言われてラムダは困った。召喚術の心得は皆無だ。ついでにあんな、箱やら筒やら斧やらと形態を変えるようなものの相手なんてどうすればいいのか……。

 いや、できるか。


 ラムダは数少ない特技の一つである、急所探しを使用した。メテオラを追い掛けている斧を視界に入れて、全身の情報を脳内に表示させていく。

 獣やら虫やら魔物やらは臓器の位置や古傷の場所が浮かび上がるのだが、斧は物質だからか様子が違った。

 いくつもの部品が組み合わさって斧の形になっているとわかった。その部品の継ぎ目の中に、変形の際に最も稼動すると思われる箇所がある。

 そこが、弱点として赤く表示されていた。


「メテオラ!」

「あンだよ!!」

「一発だけ斧の攻撃受けろ!」

「はあ〜〜〜!? 死ねっつってんのかテメー!!」

「助けてやるからさっさと受けろ!ぶっ殺すぞ!!」


 メテオラは激しい舌打ちを落としてから、両手を握りしめて拳を作る。


「マジでなんとかしろよな!!」


 拳がグローブごと赤く光り始めた。メテオラは斧の横凪ぎをしゃがんでかわしてから、詠唱を省略して霜の積もった床を思い切り殴りつける。

 召喚陣が浮かび上がり、大振りの両手剣を持った人型機械が現れた。メテオラの二倍ほどの大きさがあるが、斧よりは小柄だ。

 斧がまた攻撃の向きを変えて、刃を縦に振り下ろす。

 メテオラがそれに向き合いつつ、両手をばっと上げると、人型機械はまったく同じ動きをした。両手剣を盾代わりに上へと翳し、斧の一撃を受け止めた。

 人型機械は衝撃に耐え切れず虫型機械のようにバラけて崩れ始めたが、斧の動きは止まっていた。


 ラムダはさっき斧が振り下ろされた時には、もう動いていた。

 虫型機械に乗って斧の持ち手部分に近付いて、斧の動きが止まった瞬間に、見えている弱点部位に向かってダガーナイフを投げ付ける。

 ほんのわずかに綻んでいた部品の継ぎ目に、ナイフは深く突き刺さった。


 斧が形を保てず崩れ去るのと、人型機械が限界を迎えて崩れ去るのは、ほぼ同時だった。


 ラムダは虫から降りて、斧──いや、箱の部品の中に埋もれた自分のナイフを拾い上げる。

 その後に、メテオラを見た。面白くなさそうな顔をぶら下げていたので、勝った気分になった。


「助けてやったろ、ヤリチン召喚士」

「俺のサポートありきだろうが、クソビッチアサシン!」


 メテオラは怒りつつ、凍った床に落ちている人型機械のパーツを回収してから、箱を構成していた部品に手を伸ばす。

 何をするのかと見ていると、そのうちのいくつかを見繕って、同じように回収し始めた。

 外側に凹凸のある丸い部品が、浮かび上がった簡易的な陣の中に吸い込まれていく。


「何してんだお前」

「あ? 泥棒だよ、泥棒」


 メテオラはにやっと笑った。


「俺はそもそも、太古の機械共の部品を物色に来てんだよ。この塔……何億年も前に滅んだ機械帝国の作ったダンジョンの中には、俺がずっと探してる貴重な部品があるだろうって踏んでんの。残念ながらこの箱の機械はハズレだけど、使えるもんもあるからもらってく」


 そう言ってから、また物色に戻った。

 ラムダは泥棒中のメテオラの背中を見下ろしながら、なんだコイツと、得体の知れないものに対する感情として思った。

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