8 隠し事
箱が守っていた扉がいつの間にか開いていた。破壊されたことにより封印が解けたのだろうとメテオラが言い、二人は奥へと進んでいく。一匹だけ残っている虫型機械もついてきた。そういう命令を受けているのか、ラムダの隣にずっといる。
扉の向こうは短い通路が続いていた。その先には上に向かう螺旋階段が見え、壁や天井に大した仕掛けはなさそうだ。壁は霜が降りていて階段の下は氷柱もあるが、メテオラの魔術のおかげでとりあえず寒くはない。
確認しておこうと、ラムダは脳内地図を表示する。
構造はシンプルなダンジョンだ。全部で十階。最下層から最上階まで各階の直径が同じで、外側も内側も左右対称の作りをしている。
大部屋があり、抜けると短い廊下と螺旋階段、という変わり映えのない構図がずっと続いていくわけだ。
各階層にはさっきと同じような門番がいるかもしれない。塔の単純な構造を見るに、その可能性は高いだろう。
地図を閉じる前に、目的であるロウの生死をちゃんと確認する。弟を示す青色の点は、なんとも面倒なことに最上階にある。
もしメテオラの欲しい部品が途中の階で手に入ってしまった時は、どうにか言い含めて上まで連れていかなくては。何があるかわからないのだから、戦闘力が削れるのは痛い。
泥棒根性を刺激すればコイツだいぶチョロいしいけるだろうか……。
「なあお前、さっきから何かしてんだろ」
急に話し掛けられた。さっと地図を引っ込めるが、メテオラの目線はラムダの頭の辺りをじろじろと眺めている。
「別に、何もしては」
「お前の魔力吸ったからな〜、近くで同じ魔力っつうか精神力っつうか、使われてると臭うんだよな〜これが」
「……マジか?」
「マジマジ、んで何してんの?」
ラムダは迷うが、下手に誤魔化すほうが分が悪いと判断した。
「地図だよ、地図見てた。俺の特技で、自分の周辺の地図が頭の中だけに表示できる。ダンジョンも大体の構造は見られるから、ちょっと確認してただけだ」
「マジかよ、超便利じゃね」
「便利だな。つっても簡易地図だから詳しい内容……魔物の位置とか宝のありそうな場所表示とか、そういうのは無理」
「ふーん、それでも充分使えるじゃん? で、この塔どんな感じ?」
コイツの口癖って「〜感じ」だよなとどうでもいいことを考えてから、先ほど得た情報をメテオラに伝える。
メテオラは素直に感心し、ラムダの肩を嬉しそうにばしりと叩いた。
「単純なダンジョン、サイコーだぜ!」
「各階に門番いるかもって話聞いてたか?」
「聞いてた聞いてた! 門番倒すだけでいいなら楽じゃ〜ん?」
「さっきは逃げ回るだけだったくせに楽観的過ぎるだろ」
「あれは! この先がよくわかんねーから魔力出し渋ってただけ!!」
メテオラは腕組みしつつ、視線をラムダの隣の虫へと向ける。
「そいつくらいなら頻繁に出して問題ないけど、強い召喚獣は組むだけでけっこう魔力食われんだよ」
「組む……? 魔法陣を?」
「いや、そのまんまの意味。俺さっき部品拾ってたろ? あれを陣の中で組み合わせて出すのが俺の召喚術ってわけ!」
「……普通の召喚術は種族と契約して来てもらう魔術だよな?」
「うん、俺それは使えない」
ラムダはしれっとした顔のメテオラを見る。
聞きたいことだらけだった。部品を組み合わせて召喚、なんとなくの構造は理解できるが、なぜそれをできるかはわからない。
むしろ、そんな魔術がこの世にあるのか?
「……、まあいいか」
考えても無駄なため捨て置く。ラムダは再び脳内地図を広げて、臭ったのかぱっと顔を上げたメテオラの肩へと手を置いた。
それから、メテオラにも見えるように地図を表示し直す。もちろんロウを示す青い点は非表示にした。
メテオラは地図を眺めて、すげー! と嬉しそうな声を上げた。
「やっぱ超便利じゃん!」
「だろ。……で、見せたからには作戦会議がしたいんだが」
「うん、何?」
「お前って孤児院ぶっ飛ばすのにドラゴン呼んだ……つうか、組み合わせて出した? んだよな?」
「おうよ、あの時はサイコーだったな……何回も失敗してたんだよ、ドラゴンの召喚に……」
恍惚とし始めるメテオラを横目で見る。マジで出せるんだな、と再確認してから、ラムダは天井を指差した。
「そのドラゴン今呼んで、天井ぶち抜いて階層すっ飛ばせねえか?」
「……えっ?」
「見た通りに同じ構造の部屋が続く十階建てで、横からの断面図は長方形だろ。これなら直線にぶち抜けば崩壊の心配は少ないと思うし、各階にいそうな門番も何匹か飛ばせる。襲ってくるかもしれねえけど、ドラゴンなら火力で一気に何層も穴開けられるだろうし、飛べる形にならない門番なら放置しておける。
──んで、お前の欲しい部品っつーのは希少なやつなんだろ? じゃあダンジョン深くにあると見て最上階まで行くほうがいい。さっきみたいに魔力出し渋ってドタバタするより、さっさとショートカットすべきだろ。どうだ?」
メテオラはしばらく止まっていた。めちゃくちゃいい提案だけど問題がある、という顔をしていた。
「なんだよ? やっぱドラゴン呼べねえのか?」
「いやそれは呼べる、たしかに呼べるんだけど……」
「じゃあなんだ」
「あの〜〜、……ドラゴンレベルのもん作るとさあ……反動で三日くらい寝込んだりするんだよ……」
「は? 寝込む?」
怪訝な目を向けるラムダに、メテオラは説明する。
機械族は他の召喚獣とはちょっと違う特性がある。確保した部品で組み合わせて召喚獣を作るのが基本だから、部品が足りないと火力が出なかったり、作りたい形の機械にならなかったりする。
それだけならまだしも、ドラゴンレベルを呼ぶとシンプルに魔力切れを起こす。
天井をぶち抜いて最上階までショートカットしても、そのあと動けないと思う。
なら暗殺しやすそうだから余計にいいじゃねえかとラムダは思うが、メテオラは難色を示したままラムダを見た。
「昨日、お前の魔力吸って溜め込んだから、三日も寝込みはしねーと思うけど、……まー残念ながら、ぶっ倒れたあとの俺の介護よろしく! って言えるほど、お前のこと信用してねーわけだよ。それにラムダ、そっちもまだ色々隠し事がありそうじゃん? それとなく話題避けられてるけどさあ、そもそもお前がこの塔に来た目的ってなんなんだよ?」
見透かしたような目でそう付け加えられた。
バカっぽいしチョロいなと思ってわりあいナメていたが、そこまで甘くないみたいだった。
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