10 門番たち

「多分それ、魔術の類に反応してんだわ。魔法使えねーやつは一階も登れないって仕様なんだな」


 メテオラは話しながら出しっぱなしの機械虫の頭をぽんと叩く。指示を受け取ったらしく、丸い目が緑色に光った。虫はまっすぐにラムダのそばへと飛んでいった。

 その途端に盾はガキンゴキンと音を立てて形を変えた。

 人間の手を模した形になった。ラムダがつい驚いている間に左右に分かれて浮かび上がり、機械虫へと向かっていく。

 手は虫の両側に移動した。次の瞬間にはバコン! と凄まじい音がして、両掌が勢いよく重なり合った。虫を叩き潰そうとする動きにほかならなかった。

 ラムダは反射で動き、虫を蹴り飛ばして逃がしていた。虫は蹴られて驚いたのかふらふらと壁沿いに飛んでいく。

 手はそのまま虫を追い掛けて挟み潰そうとする。ラムダはなんというか、完全に蚊帳の外だった。


「メテオラ、とりあえずあの虫引っ込めろよ」

「すぐ潰されるだろうし、別にいーんじゃね?」

「いや……横ずっとついてきてたとこがこう……まあまあ可愛かったから愛着が……」

「おいテメー、あの虫は食えねーからな!?」

「食用には見てねえよ!」


 などとしょうもない会話をしている間、虫はがんばって逃げていた。

 ラムダは舌打ちし、急所探しの特技を使う。右手左手それぞれの急所が赤色で浮かび上がり、近い側にいた左手にダガーナイフを投げ付けて突き刺した。

 当然一発で分解できたが、すぐに再生した。

 は? と思っているとメテオラが寄ってきた。


「多分だけど、同時にぶっ壊すんじゃねーか」

「あー……クソめんどくせえ……」

「仕方ねーなー、魔術に反応してるっつうのはわかったから手伝ってやるよ」


 メテオラが拳を握る。機械の両手が即座に反応して、メテオラ目掛けて飛んできた。より強いほうに反応しているようだった。

 二人は左右別々に分かれて手を避ける。が、両手ともメテオラを追い掛けていく。


「マジかよ、ラムダお前マジでずるくねぇか!?」

「知るかよバカ! 魔力ほぼ使わねえから感知してないんじゃねえの!?」

「どっちでもいいわもう! 早く弱点教えろ!!」

「右手は掌のド真ん中、左手は中指と人差し指の間から手の甲側にちょっと降りた凹凸の間のくぼみ!」

「俺右手な!!!!!」


 メテオラは握り締めた拳で地面を殴った。浮かび上がる魔法陣から巨大な槍が飛び出してくる。メテオラが手を振ると合わせて回転し、刃先を真っ直ぐに掌へと合わせた。

 一階で回収した部品を使ったのか、と思いながらラムダもダガーナイフを拾い上げて握り締め、左手の後ろ側へ回り込む。

 そのまま同時に攻撃したしようとしたが、察した素振りで右手側が握り拳になり、自分の弱点を隠した。

 ラムダは足を引きかけたが、メテオラは踏み込んだ。

 大きく腕を振り下ろすと、動きに合わせて巨大な槍が飛んでいく。


「指ごと吹っ飛ばしゃいいんだよバ〜〜〜カ!!!」


 右手は折り曲げた指で懸命に堪えたが、メテオラは死ねオラァ! と叫びながらもう一度腕を振って空中を殴るような動作をした。槍が反応して赤く光り、更に強い出力で中指と薬指を吹き飛ばす。

 ラムダはそれをぽかんとして眺めていたが、途中で気が付いて、同じようにぽかんとしていた左手の背後に再び回る。

 右手の掌に槍が突き刺さり、左手の後ろの凹凸にダガーナイフが突き刺さった。

 両手は崩れ落ちて床に転がり、ヨッシャア!! とメテオラが拳を高く掲げる。槍も同じように刃先を天井に向けてぐるぐると回転した。

 コイツは基本的に脳筋なんだなと、ラムダはメテオラに対しての理解を深めた。


「なあメテオラ」

「あ〜? なに?」

「手ごとぶっ壊せるなら、その槍で両手とも同時に突き刺せば良かっただけじゃねえか?」


 メテオラはちょっと止まるが、


「それだとまた俺だけ戦闘してんじゃねーかよ!!」


 と怒った。

 思惑がバレたので、ラムダは一応謝った。


 メテオラは槍を分解して片付けてから、床に散らばっている部品を物色し始める。

 二階はちょっと見ただけで何も拾っていなかったが、三階は多少気になるものがあったらしい。

 ラムダにはあまりわからないため、とりあえず物色が終わるのを待つ。

 その間に、ふらふらと虫が帰ってきた。天井のギリギリの位置まで逃げていたらしい。ラムダは自分の足にぴったりくっつく虫を見下ろした。

 懐かれているような感覚がある。しかし相手は機械の虫だ。虫というだけでも人に懐かないのに、機械属性までつけば更に懐かないように思う。

 ならなんだ……?

 不思議に思っていると、いくつかの部品を拾い集めたメテオラが寄ってきた。


「ここもハズレだ、行こうぜー」

「ああ……次は四階か」

「にしても骨が折れンなあ、これ。つっても天井ブチ抜き案は疲れるし……」

「一階ずつもそれはそれで別の疲れがあるだろ」

「そうなんだけどさ〜〜、お前から吸った魔力も足してるから保つとは思うんだよな〜〜」

「次の門番はどんなやつだろうな」

「さぁ~? さっきの手みたいな同時攻撃じゃねーとダメってのはめんどくせーから、単純にデカいだけとかのがいいな」

「なんにせよメテオラしか狙わねえだろうし俺はどんなんでもいい」

「チッ! クソがよー」


 と話しながら辿り着いた四階。

 メテオラは扉を押し開けた。もう諸々わかってきたので、その向こうに浮いていた三角形の物体に向けて拳を握った。

 三角形はゆったりとした動きで変形し始めて、三十個に分裂、というか、自らを分解した。

 三十個の部品は床に等間隔で並び、ぴたりと静止する。それぞれが何とは形容できない複雑な形をしており、穴が空いているものや、曲線を描くものもあった。

 二人はしばらく突っ立ったまま、丁寧に並んでいる部品たちを、頭に大量のはてなマークを浮かべながら見つめていた。

 先に口を開いたのはラムダだった。


「これ……もしかして、全部組み立ててさっきの三角形に戻せ、ってことじゃねえか……?」


 そう思った理由はちゃんとある。横六列、縦五列に並んだ部品たちの中に、この二つは隣り合っているんじゃないか? と思える形のものがあった。ギザギザした傷口のような部品が二つあり、その刻み目は同じ間隔だったのだ。

 ラムダは黙ったままのメテオラにも理由を話した。

 メテオラは頷き、拳を握り締めてラムダを見つめた。


「天井壊して上に行こう」 


 曇りのない即決だった。

 ラムダは我慢できず、噴き出して笑ってしまった。

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