22 食い違い

 最上階の扉を開ける。中は思いのほか狭く、それは様々な部品で埋め尽くされているからだった。

 部屋の真ん中に、巨大な球体が置かれていた。その手前に寝台があり、ロウはそこに寝転んで、目を閉じていた。


「ロウ!」


 声を掛けながら駆け寄った。ラムダが肩を揺すると、


「ヒオちゃん……?」


 思いっ切り親しい呼び方でヒオノシエラを呼んだ。


「ヒオちゃんじゃねえよ、兄ちゃんだ」

「え……? あ!? 兄ちゃん、何やってんの!?」

「何やってんのはこっちの台詞だよ……」


 ラムダは脱力し、寝台の脇に腰を下ろしてロウを見る。部屋は極寒のはずだが平気そうだ。ヒオノシエラが保護魔法をかけたりしたのだろうか、たった一人の家族を丁重に扱ってもらえてありがたい。 


「何にせよ起きろ、時間があんまりねえんだ」


 ラムダが急かすと、ロウは体を起こして何かを言いかけたが、メテオラとヒオノシエラの戦闘による揺れが再度響いてきて口を閉じた。

 きょろきょろと首を動かしているので、ラムダは経緯を掻い摘んで説明した。


 聞き終わってから、ロウはまず怒った。


「なんで兄ちゃんが代わりに残るんだよ!」


 予想外の怒りだった。

 ラムダは困惑しつつ、肩を震わせるロウを落ち着かせようと試みる。


「俺のほうが魔力適性? が高いんだと。それならロウは外に出られるし、今はバキバキに凍ってる外もわりとすぐに元に戻るって話で」

「でもそれだと兄ちゃんの友達? 恋人?」

「クソ召喚士」

「クソ召喚士さんが納得しないんでしょ?」


 それに、と言いながらロウは視線を泳がせて、


「僕はその、ヒオちゃんと一緒にここにいても、問題ないよ……」


 照れたように言い出すので、ラムダは流石に若干察した。


「ロウ、お前ああいうのが好みなのか……」

「えっ、いや、だってヒオちゃんは凄いよ、僕の知らない魔術色々教えてくれたし、魔力の出力法も丁寧に見せてくれたし、優しいし、見た目も綺麗でびっくりしたし、」

「今は下でメテオラと潰し合ってるけどな」


 ラムダは息をつき、どうするか……と頭を悩ませる。

 それぞれがそれぞれ、完全に意見が違うとここに来てわかった。

 まずラムダは、ロウが無事に外に出られればあとはなんでもいい。

 ロウはここにいても問題ないどころか、おそらくヒオノシエラの近くにいたい。

 ヒオノシエラはロウよりもラムダの方が適性があるため、そっちに残ってもらえると助かる。兄弟セットなら尚良しとも、考えているふしがある。

 極めつけにメテオラはラムダ(の魔力)を自分のものだと主張し、ヒオノシエラと戦闘中。


 また轟音が響く。あいつ大丈夫かよ、とラムダはにわかに焦り始める。

 早く戻ってやったほうがいいかもしれない。


「ロウ、とりあえず一緒に来てくれ。放置し過ぎるとあいつ死ぬかもしれねえ」


 立ち上がってロウの腕を引く。

 が、ロウは引っ張り返してきて、立ち上がらなかった。


「ロウ?」

「兄ちゃん、この後ろのおっきい球体、なにか聞いた?」


 ロウは振り返り、最後の球体を目を細めながら見上げた。

 視線を追い、ラムダも球体を仰ぐ。よく観察すれば細かい線が等間隔に走っていて、金属部品を組み合わせて作られた機械のようなものだのわかった。

 これがなんだと、聞くつもりでロウを見下ろす。ロウの目線にはなんとも言えない憂いが乗っていた。


「これ、季節っていうのを封じ込めるための装置らしいんだ」

「これが?」

「うん。……この球体は、その、装置の適性があった人たちがさ……中に組み込まれてできた、封印機械なんだって」

「中に?」


 ラムダは改めて装置を見上げる。ぼんやりとした光を表面から放っているが、中がどうなっているのかはわからない。

 でもヒオノシエラから聞いた機械帝国の話を思い出せば、ロウの話が合っていると理解できる。

 たしか、季節を封じ込める魔力の核はヒオノシエラではなく、適性のある魔力を持った数名で行われていると言っていた。

 機械そのものになっているとは、思わなかったが……。


「……いや待て、ロウ、じゃあこのままここにいたら、いずれはこの機械の中に組み込まれちまうんじゃねえのか?」

「あ、死ぬ直前に魔力だけ回収するって意味で、中に入れるみたいなことは言ってたよ」

「ヒオノシエラさんみたいに寿命って概念がなさそうな魔王族ならともかく、俺ら人間はすぐ死ぬだろうが。ロウお前はそれでもいいのか?」

「ヒオちゃんて魔王族なの!?」


 そこじゃねえんだよ、と思わずツッコんだところで、建物が大きく揺れる。部屋の中にある何かしらの機械がぐらつくほどの振動だった。

 ラムダは焦った。時間がなさそうだった。

 今度は無理矢理ロウを立たせて、


「とにかく、下手するとヒオノシエラさんの方が死ぬから来い!」


 あながち冗談でもないことを言って、手を引き部屋の扉へと向かう。


「ヒオちゃんって、魔王族なら余計に負けないと思うけど」


 ラムダは首を縦に振って階段を駆け下りる。


「十中八九、ヒオノシエラさんが勝つと思う」

「十中一二は、クソ召喚士さんが勝つの?」

「ああ」


 九階の宝物庫の扉に今度は一瞥も入れず、


「さっき分かれてくる前、ヒオノシエラさんの弱点部位教えて出てきたから」


 答えると、ラムダは後ろから頭を叩かれた。


「痛って!」

「なんでそんなことすんだよ!」

「仕方ねえだろ、あいつが死ぬと、なんかこう、寝覚めが悪くなんだよ!」


 建物がまた揺れる。階段の壁に手をついて堪えてから、一気に飛び降りて着地する。ロウもよろけながらついてきた。ラムダは振り返って確認してから、八階の大部屋に続く扉を開け放つ。


「メテオラ!!」


 中の状況を見る前に声を掛けた。

 遅れて顔を出したロウはヒオノシエラを呼び、二人は同時にその場で立ち尽くす。


 ヒオノシエラは床に降りていた。だらりと垂れ下がった左肩を押さえながら振り返り、ロウを見て少し驚いた顔をした。

 その向こう側でメテオラが俯せに倒れており、そばにいるドラゴンの両翼の部品が、床に散らばっていた。

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