18 金色の文明

「ラムダ様、その通りです。アプラゴニアの滅亡は自然発生したものではなく、意図的に行われた文明の消去でございます」


 肯定に、ラムダとメテオラは顔を見合わせる。

 二人は情報の多さや、当事者による古代文明消失の経緯説明に揃って困惑していた。

 ラムダはそもそも古代文明について何も知らないが、メテオラは本人曰く──そして実際に──古代文明研究所と関わりがあった。

 そのため、どちらかといえばメテオラのほうが話を飲み込んでいる。


「文明の消去って、同時に種族の消去になってる?」


 メテオラはヒオノシエラに向けてそう聞いた。少し違いますね、と落ち着いた返答が返ってくる。


「現在の魔王族やドラゴン族は、単純に居住区を変えただけです。それも相俟って、文明ごとこの地の情報を消し去り、新しい文化の芽生えに任せる結論に至りました。メテオラ様は独自理論で召喚獣を組まれているため含まれませんが、他の召喚士は我々──は、無理にしても、鳥獣族や昆虫族と契約され、使役されているでしょう。あれは端的に言うならば、別世界に干渉する魔術です。その別世界に、我々は住居を移しております」

「じゃあ、完全に滅亡したってわけじゃねーんだな」

「ええ。その後に再び生じる何らかの文明に、多少の手助けになればと、四季は封印されました」


 ここでラムダは手を上げ、


「アプラゴニア関連の機械部品とかが出土すんのも、言うなら今暮らしてる俺たちのための手助けのひとつ?」


 聞いてみると、ヒオノシエラは長い髪を揺らしながら頷いた。


「ラムダ様もメテオラ様も、ここまで上がって来られただけの聡明さがございますね。私は非常に嬉しいです」

「いやヒオノシエラさん、こいつはわりとただのヤリチンバカだぞ」

「はぁ〜〜? お前だってブラコンのクソビッチじゃねーかよ!」

「あ? やるか?」

「デカブツ呼べる召喚士にアサシンが勝てるわけね〜〜だろ!」


 ちょっと急所を刺してやろうかなと立ち上がりかけるが、はっとして座り直した。


「ヒオノシエラさん」

「はい」

「アプラゴニアの滅亡の話からはかなりズレるんだが、俺の弟がなぜかここの最上階に連れて来られてるんだよ。これはなんでだ? あと俺の住んでたシェルヌって町も、今ガチガチに凍ってる。戻すには、この塔をこう……壊したりしなきゃいけねえとか、あるのか?」


 ヒオノシエラはラムダの話を聞くうちに、じわじわと目を見開いていった。

 何の反応だ? と、ラムダは怪訝に思い、さきほど考えていたことをまた引っ張り出してくる。

 氷雪の吹き荒ぶ季節を封印しているこの塔には今まで誰にも入れなかった。門番はみんな侵入者を排斥するように襲い掛かってきたが、ヒオノシエラの口振りからすると、塔に登れる実力があるか試す意味合いでの動きだ。

 そして町は凍っていて、弟は塔の最上階。

 全部繋げようと思うなら、嫌な想像が過ぎる。


 ここの封印を解いてしまったのは、もしかしてロウなのか……?

 そうじゃなくとも、何か関係があるのだろうか……。


「ラムダ様の弟の……ロウ様は、確かにここの最上階にいらっしゃいます」


 ヒオノシエラを見る。申し訳なさそうに眉を下げていて、不意をつかれて返事に困った。

 その間にまたあっちが口を開く。


「ラムダ様はロウ様を探しに来られたのですね?」

「あ……ああ、そうだ。見つけて、連れ帰るつもりというか……助けようと思って来た。できればシェルヌの町も、元に戻したい」

「無理です」


 素早い即答に、へっ? と間抜けな声を上げたのはメテオラだ。


「無理って、じゃーこの辺一帯はずっとこのクソ寒いまんま?」

「いえ、それはいずれ落ち着きますし、町もその後には戻せます。現在は再封印の途中でして」

「封印が解けたのはロウのせいか?」


 つい横から口を挟むが、ヒオノシエラは首を振る。


「これは、経年劣化です」

「経年劣化」

「はい。もう何億年もある建物ですし……それに魔王族と契約しようとした術士の方が最近いらっしゃって、氷属性を希望されていたので私が見に行ったのですが、その間に一気に劣化してしまったらしく……」


 ちょっと待って、と言いながらメテオラが上半身を机の上に乗り出した。


「ヒオノシエラがこの塔の封印の要?」

「いえ、封印は適性のある魔力を持った数名で行われており、私は門番の意味合いが強いです。でも封印の一助ではあったので、少しの離席でも綻ぶくらい限界だったようです」

「ふーん……っつーか、四季ってのは他にもあるんだろ? じゃー他の季節封印してるとこも、まあまあ限界なんじゃねーの?」

「同時に崩壊しないような対策はとってありますよ。例えばですが、この塔の厳冬が完全に放出された場合、酷暑を封印した場所を露出させて自動で封印を解き、相殺する手筈にはなっています」

「じゃー、さっさと完全放出するほうが早くね?」

「それが予定外もありまして、何せ統一化された世界に慣れた生命しかいない大陸なので、どうも一度放出した時点でかなりの打撃になりそうで。そのあと酷暑を放ちますと、一旦は一気に暑くなるのですが」

「あっ、ダメだわそれ。死ぬ死ぬ」

「そうでございますよね?」

「うん、文明終わると思う。まー人間くらい死んでもいいけどさー」

「数億年すれば、また生じますしね」


 メテオラとヒオノシエラのめちゃくちゃな倫理観の会話を聞いている間に、ラムダは更に嫌な想像を巡らせていた。

 冷や汗が垂れる。

 質問したくはないが、するしかない。


「あのさ」


 メテオラとヒオノシエラが一旦会話を止める。

 ラムダは息を吸い、なるべく落ち着いてから、ヒオノシエラに目を向ける。


「弟が連れて来られてんのは、その封印に……なんか関係あるか?」


 ヒオノシエラは躊躇ったように見えた。でも、頷いた。

 それから意外な、斜め上のことを言い出した。

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