4 氷の町
「あっれ、お前……」
メテオラがそこまで話したところでラムダは襲い掛かった。
手にしたダガーナイフで急所を突き刺したつもりだったが、あの日のように避けられた。思わず舌打ちが出る。
でも今回は金が欲しいだけではない。
「テメエ、この町に……この一帯に何かしやがったな!?」
叫びながら再度襲い掛かる。当たらないと見越して、実際にギリギリで避けられる直前に一瞬で背後に回り込む。
確実に心臓を突いた、つもりだった。実際にナイフはメテオラの背中に刺さったが、手応えが異様に固かった。
「いってえ〜〜なオイ! 何すんだよ、クソビッチ野郎! まだどこにも何もしてねえっつーの!!」
メテオラの絶叫にラムダは一旦距離を空けた。
怒りはまだあったが、今の手応えはなんだよ、という疑問が同時に湧いて、ラムダは多少冷静さを取り戻していた。
「まだって……お前、メテオラ、何でここにいる」
「あ? あれだよあれ、あれ見に来た」
三回のあれの間に、メテオラは古代の塔を指差した。
「裏の奴らの間でさあ、あの塔の扉がぶっ壊れたらしいって噂が流れてなー。すげー昔から建ってる塔なんだろ? めちゃくちゃチャンスじゃんと思って、急いで泥棒しに来た」
「思いっ切り犯罪のために来てんじゃねえか、やっぱ死ね」
「まー待て待て、お前はあれだろ、この町が何で凍ってんのか知りたいんだろ?」
ラムダは逡巡するが、頷いた。こんなクソ野郎を相手にしてでも、とにかく何かしらの情報が欲しかった。
「この町、何があったんだ? 夜明け前に出発した、時は、っくしょい!!」
怒りがひとまず鎮火したからか寒さが堪えた。
ラムダの様子にメテオラは思い切り笑ったが、「まーちょっと落ち着くか、俺も情報要るし」と言いながら片手を握り締めて、凍った地面に拳をつけた。
召喚術だとラムダにもわかった。
非常に焦った。
「おいテメエ、ドラゴンで町燃やすとか、」
ふざけんじゃねえぞヤリチン無法の天パ野郎、まで言うつもりだったが、止まった。
メテオラが地面に浮かび上がらせた小さな召喚模様から、人間一人分くらいの大きさの羽虫が二匹飛び出してきたからだ。
「上昇すりゃあ、そんな寒くねーんだよ」
一匹、ラムダの方に寄ってきた。困惑している間にメテオラは、もう一匹に乗ってさっさと上空へ行ってしまった。
見上げながら、あいつドラゴン族契約じゃねえのかよと疑問に思った。
明らかにこれ虫じゃねえか。孤児院の全焼も、クソデカい虫呼んだってことなのか? どうなってんだ、なんなんだあいつ。
ぐるぐると考え込んでいる間、呼び出された羽虫はじっと隣で待っていた。ちょっと可愛かった。ラムダはなんとなく謝罪を口にし、虫の背中に触れて、仕方なく乗ったところでやっとわかった。
虫の体は全身が硬い金属だった。
メテオラが契約しているのは、難しいどころか古代に消滅したと言われている、機械族なのだ。
上空は確かにあまり寒くなかった。先に空に登っていたメテオラは、無表情でじっと塔の方を見つめていた。
ラムダが遅れて来ると、ニヤッと笑って手を上げた。
つい舌打ちが出るが、浮かびそうになる暴言は押さえた。
「そういやあクソビッチ、お前名前は?」
「あ? ラムダ」
「ラムダか。えーと、ラムダ」
「なんだよ」
「あの町は今の住処ってこと?」
とりあえず頷くと、メテオラは納得したように親指を立てて見せてきた。
「じゃー俺が見たことから話すけどさ、辿り着いた時にはもう凍ってたんだわ、あの町」
メテオラの指が下を指す。上空からは色さえ抜け落ちたようなシェルヌの全体が見下ろせた。
「お前……メテオラが着いたのは、どのくらいの時間帯だ」
「あー、ラムダと僅差だよ。着いて、なんじゃこりゃと思って全体をぐるっと見て、元の位置に帰ってきたらお前がいた」
「なら、本当に僅差だな。狭い町だし……」
俺の住む家も、と言いかけて止まった。
青褪めた。現実離れした光景や、突然現れたメテオラに気を取られてすっかり抜け落ちていたことを激しく後悔した。
ロウは。あいつは今どこにいる。
「町の中はさー、全部見たけど、まー人間も凍ってたぜ」
ラムダの様子には気づかないまま、呑気な声でメテオラが続ける。
「でも多分、死んではない。ぐるっと回りながら炎属性で溶かそうとしたり、氷属性で相殺しようとしてみたけどどっちも無駄でさ。あれ多分、時間停止の類。術式作った本人以外の干渉を一切受けない、って感じでー……って、ラムダ、どうした?」
メテオラの話を聞きつつも、ラムダは脳内にマップを表示していた。
もしも登録した人間が死んでいる場合、現在地を示す点は黒色に変わる。
ロウを現す点は青色のままだった。
それには安堵したが、表示位置に絶句して、ラムダは数秒固まっていた。
「おーい、ラムダ? お前は? つーか依頼かなんかの帰りか? それなら御愁傷様だけどさー、どの辺りから寒くなってたかとか教えてくれよ。見たことねーモンばっかで、俺の方も困ってんだよね」
「……メテオラ」
「あい、メテオラだぜ」
「あそこの塔に侵入して泥棒するつもりだったって言ってたな?」
「おう、行く行く。欲しいやつ絶対あるんだよ、何がなんでも行く」
ラムダはばっと顔を上げた。驚いてちょっと仰け反ったメテオラを睨むように凝視した。
「俺も行く」
はっきり告げた。メテオラはぽかんとして、ラムダの顔をまじまじ眺めた。
「本気か?」
メテオラが聞いて、ラムダは頷いた。
あの塔に行くしかなかった。
なぜそうなったのか一つも理由がわからないが、ロウの位置を示す点は、塔の最上部で青々と光り輝いていた。
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