5 魔力吸収

 ラムダは今すぐにでも塔に向かいたかったがメテオラが止めた。


「もう夜だろ? 俺も今日は塔に来るためにここまで魔力使いっぱなしでさあ、一回休ませてくれよ」

「使いっぱなしって……お前どこから来たんだよ」

「帝都のほう」


 手配書の出回る犯罪者がなんで帝都にいるんだよとツッコミかけたが、犯罪者を隠すなら人間が大量にいる帝都のほうが向いているかと思い直す。

 なんにせよ帝都からシェルヌ付近まではかなり遠い。使いっぱなしということは、今乗っている機械の虫にでも跨がって、空からやってきたのだろう。

 ラムダは渋々納得した。メテオラは満足そうに頷き、グローブを嵌めた手をさっと翳して虫たちに何かしらの呪文を浮かび上がらせた。


「この辺りは寒すぎるし、来る途中にあった宿屋に泊めてもらおうぜ」

「……ああ、ちょっと離れたところにあるな。夫婦がやってる、農場隣接の宿屋が」

「暇そうだったから部屋も空いてんだろ! じゃ、よろしくなー」


 メテオラは笑顔で虫の頭をぽんと叩く。機械のはずだが、虫はなんとなく嬉しそうだ。指示に従い、宿屋に向かって飛んでいく。

 自分の乗っている虫を見下ろしながら、ラムダは召喚術について考えた。

 あまり深い知識はないが、何かしらの種族と契約することが召喚士を名乗るための前提条件になるとは知っている。

 よく見るのは、確か獣だ。とはいえ召喚士自体がさほど多くはない。

 単純に、種族契約が難しいと聞く。

 難しさの種類は知らないが、現在ひとつだけはわかる。

 伝承の域である機械族を使っているメテオラは強い召喚士だ。

 ということは、殺して懸賞金をもらうためには寝首をかくのが一番だ。


「お、あれあれ!」


 宿屋が見えた。いつの間にか寒さも和らいでおり、いつも通りの気候になっている。

 虫たちは宿の近くにさっと降り立ち、背中から降りると二人の周りをぐるぐる旋廻した。

 次の指示を待っているようだったが、メテオラが手を翳すと、一瞬でバラけた。びっくりするラムダには構わない様子でメテオラは魔法陣を作り、バラけた虫の部品をその中にすべて片付けた。


「収納魔法か……?」

「うんにゃ、帰らせただけ」


 帰らせるのにバラけさせる意味はあるのか……。

 ラムダは怪訝に思うが、でもこいつ倫理観おかしいしな、と嫌な納得をした。

 


 宿屋の部屋はメテオラの予想通りに空いていた。同部屋になったが、ベッドはふたつある。

 ラムダはすぐにでも寝て、明日の早朝に塔へ向かうつもりだったが、メテオラは布団を被りかけたラムダを止めた。


「寝る前に情報寄越せって! お前は何があったんだよ? なんで塔に一緒に来るんだ? 見た感じと戦った感じアサシンだろうけど、盗賊も兼ねてる感じ?」

「感じ感じうるせえな……」


 ラムダは仕方なく体を起こす。それから考えるが、すべて話すのは止めておこうと決める。

 だからまず町長の頼みで塔を見に行ったことを教えた。

 メテオラはぱっと笑顔になる。


「どんな感じ? チョロそう?」

「いや……正直寒すぎてろくに見てない」

「はぁ〜〜? 使えねえ……扉は? 空いてた?」

「それは空いてた。中から思いっ切り寒い風が吹いててとにかくクソ寒かったし、虫型の魔物が凍えて死んでたな……拾っとけば良かったか」

「え? 弔うの?」

「は? 食うんだよ」


 虫型の魔物と獣型の魔物は魔物の中でもけっこううまい。スライムは試してないが、そういやこいつの燃やした孤児院付近にスライム農場があったんだったな。今度食いに行ってみるか……。虫みたいなもんだろうか……。

 ラムダが虫魔物の味を思い出している間、メテオラはドン引きした顔でラムダを眺めていた。


「く、食う食わねえの話はとりあえず置いとけよ、」


 メテオラはラムダの意識を虫から引き戻す。


「他は? どの辺りから寒かった?」


 問われて思い出すが、行きは途中からじわじわ冷え始めた様子だったのに、帰りは町に辿り着くまでの間ずっと寒かった。

 ただ、行きは平野部、帰りは森林部という経路の違いはある。

 森林部で出会った魔物は獣型で、まあ防寒できるのかな、と思う種類の魔物だった。

 この通りに伝えた。

 メテオラは眉間の間を指の関節でぐりぐりと押さえて考え込んでいた。


 こいつなんか隠してんな、と反射的に思った。でも自分も、まだ塔に行く理由を伏せている。ロウは無事だろうか。あんな塔にいるんじゃあ、あの虫の魔物みたいに凍えて死ぬかもしれない。

 考え込んだままのメテオラを放置し、ラムダは脳内地図を広げる。

 ロウを記す点は青色の、生存を示したままだ。位置も変わっていない。なら、同じ場所に閉じ込められているとか、何かしらの理由で同じ場所から動けない状態なのだろう。


「ラムダ」


 急に話し掛けられる。

 地図がバレたかと焦ってすぐに引っこめるが、そういうわけではないらしかった。


「何?」

「セックスしていい?」

「は?」


 なんだコイツ下半身イカれてんのか?

 引いた目で見ていると、性欲もめちゃくちゃあるけどそれだけじゃねーんだよ! と弁解にならない弁解を挟まれる。


「お前さー、あんま魔力使わないだろ?」

「……まあ、探索用の特技くらい」

「だろ? それくれ、とりあえず」

「は?」

「魔力吸収だよ、そういう特技!」

「いや、なら勝手に吸えよ……なんでいちいちケツ出さなきゃいけねえんだよ」

「そっちのほうがたくさん吸えるからだよ!」


 意味不明だった。再びなんだコイツ……という顔を向けると、メテオラは身振り手振りを加えながら詳しい話を始めた。

 魔力吸収の特技を使うには、まず魔力を吸いたい相手に触れる必要がある。

 密着度が高いほうが手早く吸える。

 つまりチンポを入れると早い。

 ラムダは何度か首を縦に揺らしてから静かに挙手する。


「したくはねえけどキスでよくないか? 舌突っ込めば密着度とやらもそこそこ」

「虫モンス食うようなヤツとキスなんざしたくね〜〜〜〜〜よ!!!!!!!」


 ものすごい絶叫だった。ラムダは三回目のなんだコイツ……という顔をするが、メテオラはメテオラでなんだコイツという顔をしていた。


 先行きは不安だった。

 ラムダとメテオラは睨み合ったまま、数分間静止していた。

 お互いがお互い、全然話が合う気がしなかった。

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