16 鼎の間

 ドラゴン族、幻獣族、そして魔王族。

 普通の召喚士なら、契約した瞬間に魔力を根こそぎ持っていかれて死ぬらしい、ほぼ契約不可能な三種族だ。

 召喚士ではないラムダでも、話だけは知っている。ロウが色々と読む魔術書に載っていた。


「問答にします」


 絶句したままのメテオラを置いて、さっさと選んだ。

 ヒオノシエラは承りましたと言い、片手をゆらりと上げる。その手の周りに、白い粒が集まっていく。

 氷……いや、本でしか見たことはない、雪というものか、もしかして。

 ラムダが考えている間に、ヒオノシエラは掌を緩やかに下ろした。無数の雪が竜巻の形になり、部屋の真ん中へ移動していく。

 強い雪風に煽られてよろけた。絶句をやめたメテオラが、反射のようにラムダの背中を片手で支えた。


 雪風が止むと、部屋の真ん中には丸い机がひとつと、椅子が三組、置かれていた。

 すべて氷でできていた。


「お座りください」


 ラムダとメテオラは黙って従った。二人の着席を待ってから、ヒオノシエラも椅子に腰掛ける。

 沈黙が大部屋の中に広がった。

 ラムダは心の中でひっそりとため息をつく。自分とメテオラの能力はある程度うまく分散していて、ここまでの戦闘は危ない時もあるにはあったが、勝てないと感じるほどではなかった。

 でも、ここに来て急に門番のレベルが上がっている。

 戦闘は回避できてはいるが、一体何を話すのか。

 四階の門番を思えば、戦闘以外の能力を求めてくる可能性はあると、もっと用心しておけば良かったか……。

 ラムダは考え込んでいた。その左側にいるメテオラは、ラムダとヒオノシエラを交互に見てから、ヒオノシエラの方向で止めた。


「これ、俺とラムダがヒオノシエラ……王?」

「呼び捨てで構いません」

「うっす、……えー、俺とラムダがヒオノシエラと問答するんじゃなくて、俺とラムダとヒオノシエラが、それぞれ自分の意見でなにかを話す、っていう椅子の配置だよな?」


 ラムダは顔を上げた。

 そう言われれば、その通りだ。椅子は円形の机に沿って等間隔に置かれている。


「はい、これからメテオラ様とラムダ様は、相談などもして頂く必要はありません」


 ヒオノシエラはそう前置いてから、


「何億年も前に消失した機械帝国アプラゴニアについて、現在を生きていらっしゃるお二方に意見を述べて頂きたく思います」


 静かな声で続けた。

 ラムダは聞いたこともない単語だと思ったが、メテオラは違うようだった。


「アプラゴニア……古代文明研究所では、一応そう呼ばれてたけど、合ってんのか」

「ええ、素晴らしい研究結果でございますね。……メテオラ様は、アプラゴニアについて多少お知りのようですが、ラムダ様は?」

「悪いが、俺はほとんどわからない。ヒオノシエラさんに問題がなければ、掻い摘んで詳細を教えて欲しい」

「承りました。少々、失礼致します」


 ヒオノシエラはすっと立ち上がり、片手を自分の後ろに翳した。

 手からは雪が生み出される。それらは空中で円を描くようにぐるりと回り、丸い鏡に似た形で留まると、表面を一度光らせた。

 光が消えたあとには、動く絵──自分の目で見ているように鮮明な画が流された。


「映像が分かりやすいと思われますので、こちらで」


 ヒオノシエラは着席し、自分の斜め後ろにある鏡を仰ぎ見る。

 ラムダは何も言えなかった。メテオラも呆気にとられた顔をしていて、口元に手を当てながら、エグい……と漏らした。

 鏡の中に映っているものは、滅んだ機械帝国アプラゴニアに間違いない。

 舗装された地上に、見たこともない機械が何台も走っていた。空には鳥型の機械だけでなく、ドラゴン型の機械まで飛んでいる。建物自体も機械の部品を組み合わせて作った頑丈な見た目だ。浮遊する住居まであり、それらは当然のものとしてあちこちに散らばっている。

 ラムダの想像を遥かに越えた帝国だ。

 現在の帝都が小さく見えるほど、都市部として完成されていた。


「……意見述べろって……本当にあったのか? こんなとこ……」


 ラムダはやっとそれだけ言った。ヒオノシエラはあっさりと頷き、ラムダとメテオラを交互に見てから微笑んだ。


「存在はしました。そして、私がラムダ様とメテオラ様に述べて頂きたいのは感想ではなく意見です。ご覧の通りにアプラゴニアがあった時代は、この大陸……世界が続いてきた中で、最も栄えた時代であったと言えます」

「そりゃー、そうだろうなっつーか……滅びたことが意味不明っつーか」

「はい、メテオラ様の仰る通りです」


 ヒオノシエラは両手を氷の机の上にそっと置く。


「なぜ、アプラゴニアは滅びたと思われますか? お二方の意見を、是非お聞かせください」


 無茶振りかよ、とラムダは冷や汗をかいた。メテオラもめちゃくちゃに渋い顔をして、ちょっと考えさせて、とヒオノシエラに待ち時間を要求した。もちろんです、と魔王は朗らかに言った。

 メテオラは黙る。その様子をちらっとは見るが、二対一の会話ではないと言われているため、ラムダもとりあえずは口を閉じて考える。

 鏡に映る機械帝国アプラゴニアは壮大だ。視点は固定で、斜め上の上空から見ているような位置が保たれている。

 しばらくその映像を見ていて、ラムダはふと気付く。  

 この時代、何億年も前のこの大陸は、今のように人の住処が点在していないのか?


「……ヒオノシエラさん、アプラゴニア以外の……今の帝都みたいな国、他にあるよな?」


 そのまま疑問をぶつけるとヒオノシエラは目を細めて頷き、自分の胸元に手を押し当てる。


「私が統治しておりました、リモクトニアもそのひとつでございます」

「リモクトニア……この塔の名前だったよな?」

「はい。私の城は、塔のある地点からシェルヌのある辺りまでを居住区として、少し離れた宿屋の辺りまでを領地として治めておりました」


 ヒオノシエラは胸元から手を退け、


「悪政を繰り返しましたので、私は飢凍の王と呼ばれ非常に嫌われていましたが、何億年も前の話です」


 ここまでで一番の笑顔で言った。


 ラムダは普通に怖かったし、メテオラも引いた顔でヒオノシエラを凝視した。


 

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