15 八階

 ラムダはメテオラの隣に立ち、同じように天井の穴を見上げて、七階部分まで空いている穴を覗き込む。穴の淵には、もう氷柱ができていた。相当寒いのだろうとそれだけでわかる有り様だ。

 改めて、メテオラの防護魔法に感謝した。


「んじゃま、行きますか〜」


 メテオラは拳を握り締めて床に当てる。


「カテギーダでいけっかな」

「ああ、いや、とりあえずあの小型虫二匹でいいだろ」

「ん? なんで?」

「わざわざ天井ぶっ壊さなくても、あの虫で七階部分まで上がって、そっからは階段で八階に向かえばいい。もっとめんどくせえ門番がいる可能性は高いんだし、魔力は温存したほうがいいだろ」

「それはそうだな……」


 メテオラは納得し、小型の虫を二匹召喚する。一匹はすぐにラムダのそばにやってきた。やはり、慣れ親しみかけているからか多少の愛着が湧いている。


「この虫って、前に出した虫とまったく同じか?」


 聞きつつ虫の背中に乗る。

 メテオラも同じように乗り上げつつ、妙な顔でラムダを見やる。


「……構造って話なら同じ虫、まったく同じ意思とかがあるかどうかって話なら、別の虫」

「へえ? にしては、懐っこいというか」

「俺がお前の魔力をサイコーに感じるのと似たようなもんだと思うぜ。同じ古代文明の機械が入ってる体なわけだからな」


 なるほど、と思いつつ虫の頭をぽんと叩いた。

 二匹の虫は羽を広げて舞い上がり、天井の穴を目指して飛び始める。


 七階まで登っていく間に、メテオラは倒した門番たちの部品をいくつか拾っていた。

 上に行くにつれて、使える部品は増えているらしく、捨て置いているもののほうが少ない。

 ラムダには違いがあまりわからないが、メテオラは喜んでいた。何やら面白い部品を見つけたらしく、収納せずに見せてきて、これを組み込めば召喚獣の攻撃力を上げられると解説まで受ける。

 めんどくせえなコイツと思う反面、ロウが面白い魔術書があったと見せてくるようなものかとも思い、とりあえず適当に頷いて話を聞いた。


 雑談の間に最後の穴を抜けた。

 ラムダとメテオラは、八階に続く階段へと虫を向かわせる。

 階段も虫に乗ったまま進んだが、八階の大部屋の入り口前では二人とも降りた。メテオラは虫自体は出したままで、扉を押し開いた。


「あれ」


 メテオラの不思議そうな声に、なんだよと思いながらラムダも中を覗き込む。それから、あれ、とメテオラと同じ反応をした。

 大部屋の奥、扉の前には、人間が一人立っていた。


「……あれも機械か……?」

「見ただけじゃわかんねーよ、下にあった像みてえに攻撃したら何かに変わるやつじゃね?」

「ならお前が攻撃しろよ。俺には反応しねえんだから」

「いやいや、さっきのと様子が違うんだから、今度こそラムダに反応するかもしれないじゃん」

「反応しますよ」


 ラムダとメテオラは黙った。

 ぬるっと会話に入ってきた奥にいる人間は、二人に向けてにこりと微笑んだ。


「よくぞここまで来られました、どうぞこちらへ」


 穏やかで中性的な声だ。見た目もどちらかはわからない。真っ白な髪が腰まで伸びていて、着ている服は変わっている。服というより、布を適当にまとってしばった、という雰囲気だ。つまりめちゃくちゃカーテンみたいだ。

 二人が黙っていると、白髪長髪は再び促して来る。

 メテオラは半歩足を引きながら横目でラムダを見た。


「なにあれ怖くね。ラムダ、お前から行けよ」

「クソ野郎お前が行けメテオラ」

「クソにクソって言われたくねーよ、ほら早く」

「つうかあいつ俺にも反応するって自分で言ったじゃねえか、召喚獣を盾にできない俺が行ったら死ぬかもしれねえだろうが」

「チッ、わかったよ! じゃー同時に行こうぜ!」


 折衷案に納得したので、ラムダはメテオラと横に並んだまま白髪長髪の方へと歩いていく。

 ずっと微笑んだままで、とりあえず不気味だ。目の前まで行こうかとも思っていたが、何かあれば退避できる距離で一旦足を止めた。

 白髪長髪は両手を下腹の辺りで組み、二人に向けてゆったりと頭を下げた。


「お名前を聞いても?」


 ラムダとメテオラは顔を見合わせてから、警戒しつつそれぞれ名乗った。

 白髪長髪は頭を上げて、


「私はヒオノシエラと申します」


 同じように名乗り、また微笑んだ。


「メテオラ様とラムダ様。リモクトニア・ピルゴスのここ──第八階層まで登って来られたということは、最上階を目指しておいででしょうか」

「ここ、そんな名前なのか……」

「はい、ラムダ様。餓死の塔、という意味でございます」

「物騒すぎねーか?」

「メテオラ様のご意見は最もですが、建造時には祈りを込めて名付けられました」


 ラムダとメテオラはまた顔を見合わせる。お互いが考えていることは同じだろうなと、聞かなくてもわかった。

 このヒオノシエラは得体こそ知れないし不気味だが、会話が通じる存在だ。

 そして古代文明について知っている。


「えーと、色々聞きたいことあんだけど、いい?」


 メテオラが片手を上げつつ問い掛ける。ヒオノシエラは微笑んだまま頷いた。


「私に答えられる範囲なら」

「あざっす、じゃー早速なんだけど、ヒオノシエラ……さん、ヒオノシエラさんの後ろにある扉、通っていい?」

「はい、最上階に行かれるのであれば、最終的には通って頂くことになります」

「今はだめ?」

「はい、あなたがたが通って良いかたかどうか、見極めることが私がここにいる理由ですので」


 それを聞いてから、ラムダはメテオラに倣って手を上げる。


「見極める方法っつうのは、戦闘か?」

「戦闘か問答か、選んで頂けます」


 ヒオノシエラはラムダへと視線を向けて、なんでもない様子で返した。

 ラムダはメテオラを見る。メテオラは難しい顔をしながら、もんどう……と思いっ切り嫌そうに呟いている。

 この脳筋バカ、話し合いでなんとかなるかもしれねえのに殴る気か?

 ラムダは焦り、ヒオノシエラに二人で相談すると一旦言って、メテオラの腕を引っ張り少し離れたところまで連れて行く。


「なんだよー、相談って……戦闘しかねーだろ?」

「脳筋バカの短絡野郎が、問答のほうがいいに決まってる」

「はぁ〜〜? 日和っちゃった感じ?」


 殴りてえ……と思いつつ、ちらりとヒオノシエラの様子をうかがった。

 微笑んだまま、同じ場所に立っている。揺らぎもしない。それにあいつ、見た目こそ自分たちのような人間型だが、口振りからすると何億年も建っているこの塔の中にずっといたってことになる。

 どう見ても絶対ヤバいだろとラムダは内心ぞっとする。

 ヒオノシエラはラムダの内心を見透かしたように二人の方を向いて、口を開いた。


「メテオラ様は、召喚士ですね?」

「え?」

「そちらの虫型召喚獣は、メテオラ様の魔力で構築されておりますので……」


 二人は入り口辺りで待っている二匹の虫を見た。

 ヒオノシエラは、まだ話す。


「召喚士様なら理解されると思いますが、私は分類で言うならば、魔王族に入ります」


 そう言って、またしずしずと頭を下げた。

 ラムダはメテオラが絶句する様子を横目に見ながら、最悪じゃねえか……と思わず呟いていた。

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