24 折り合いと平穏

 外は、思いのほか寒くなかった。

 まさかまだメテオラが自分に保護魔法をかけたままでいるのかと思ったが、町の様子を見てすぐに気付いた。

 町の中を行き交う住民たちも、案外と軽装だ。

 だから、町全体を覆うように保護魔法がかけられているのだと察した。


「兄ちゃん!」


 買い物に行っていたらしいロウに声を掛けられる。

 ロウはこちらまで走ってくると、もう体調は良いのかと聞いてきた。


「ああ、大丈夫だ」

「良かった、二日くらい寝てたから心配してたんだよ」

「え、そんなにか?」

「うん、なかなか起きないからヒオちゃんもメテオラさんも心配してた」

「全然心配しなそうな二人だけどな……」


 ロウはあははと笑い声を上げる。ラムダは頭を掻き、そういえばあの二人はどこだと聞いてみた。

 ヒオノシエラはともかく、メテオラは流石にもうどこかへ消えたか。

 そう思っていたが、ロウは含み笑いをした。


「ちょっと待ってて、荷物置いたら、一緒に出掛けよ」

「ああ……いいけど、どこに」

「二人のところ」


 ラムダは口を噤んだ。ロウは急ぎ足で家へと入っていき、魔物の毛皮で作ったと思われる防寒具を持って戻って来た。

 防寒具を羽織り、町の中を並んで歩くと、会う住民たち全員に感謝を述べられた。

 ラムダは閉口したがロウはにこやかに言葉を返していた。

 話を聞くに、どうも住民たちは時間停止されている間、意識があるのに体が一切動かせないという有り様だったようだった。


「マジかよ……」

「うん。時間停止魔法は、ヒオちゃんが昔よく拷問に使ってた魔法なんだって」


 悪政を強いていた飢凍の王は格が違う。

 ラムダはドン引きしながら、ロウと共に町の外へ出た。


 一気に寒くなった。なんならちらちらと雪が降っていて、空は一様に曇っている。毛皮のおかげで耐えられるが、吐く息も明らかに白かった。


「本当に、冬? ってのになっちまったんだな……」


 若干の後悔はある。なにせ、自分があの塔に残っていれば、気候が揺らぐことはなかったはずだ。

 それを犠牲だとは思わない。ラムダは別に、自己犠牲精神があるわけでもなく、まあロウさえなんとかなるのであればと軽い気持ちで塔に残るつもりだった。

 ラムダが無言になっているのを見て、ロウが代わりに口を開く。

 まず、シェルヌに保護魔法をかけてくれているのはヒオノシエラ。町の中の防寒設備が整うまでと、緊急で町を覆ってくれたらしい。

 この寒さは帝都の辺りまでもう広がっている。一度、帝都から塔を調べる調査員が来たが、説明をしに現れたヒオノシエラに完全にビビっていた。


「当たり前だろ、魔王だぞあいつ」

「ヒオちゃんはそこがいいんじゃん」


 ロウの好みはわからない……。ラムダは弟の趣向に動揺しつつ、話の続きを促した。


 ヒオノシエラは昨日、無理矢理起こしたメテオラを連れて酷暑の王とやらがいる洞窟へ行っていた。ヒオノシエラの移動魔法で向かったからもう帰ってきてはいる。

 メテオラを連れて行ったのは、話し合いの材料らしい。機械帝国の機械を現代の生命体はこのくらいは使えるようになっているとの話を酷暑の王にメテオラを見せながら行って、酷暑の解放は時期を見ると合意したという。


 なら、とりあえずは現状維持か。ラムダは安堵のような後悔のような、複雑な気分で遠くの景色に目を向ける。

 自分たちが登っていた塔──リモクトニア・ピルゴスが、雪に翳りながら見えていた。


「そういや、どこに向かってんだ?」

「二人のところだよ、そろそろ聞こえるんじゃないかな?」

「は? なにが」


 と、聞き返した途端に轟音が響いた。ラムダはばっと顔を上げ、ロウは呑気な様子であれあれ! と平野部の方向を指さした。

 ラムダはため息が出た。

 まだ離れていたが充分見える。

 大振りの剣を握った機械巨兵が、巨大な氷塊に剣を振り下ろしているところだった。



 ラムダとロウが近くまで行ったときには決着がついていた。

 メテオラは草むらの上に仰向けに倒れて、インチキ野郎! と大きな声で怒っていた。

 対してヒオノシエラはにこにこと笑っていた。寒さや雪はヒオノシエラにとって魔法の材料になり、この気候では圧倒的に有利なようだった。

 ロウは笑顔でヒオノシエラの元へと走って行った。

 弟が嬉しそうだから相手が魔王でもまあいいと思いながら、自分は不貞腐れているメテオラのそばに寄っていく。


「何やってんだよ、お前……」

「ん、あ、ラムダ! 超いいとこに来たじゃん、チンポ入れさせて」


 間髪入れずにぶん殴った。痛え! と声を上げたメテオラの胸ぐらを掴み、もしかして、と思いながら睨み付ける。


「テメェ……起きてからヒオノシエラとやり合うために、寝てる俺の魔力根こそぎ吸っていったな……?」

「あ、バレた。でもおかげで宝物庫にも行けたぜ! さっきの新しい部品で組んだやつ見てくれた? 力負けはしたけど超すげー巨兵が」

「うるせえ! おかげでこっちは二日も寝続けてたんだぞ!!」

「なんだよ、チンポは入れてねーからいいだろ!」

「そういう問題じゃねえんだよ!!」


 腹の虫がおさまらないのでもう一発殴り、こちらへ歩いてきたヒオノシエラとロウへと視線を向けた。

 ヒオノシエラは相変わらずの丁寧さで頭を下げて、ラムダの前で膝をつく。


「ラムダ様、ご健勝で何よりでございます」

「お、おう……」

「ひとまず、ラムダ様とロウ様のお家に居候させて頂いております。そしてメテオラ様との再戦は勝ちました」

「まだ負けてねーよ! 俺のことぶっ殺してから言え!」


 吠えるメテオラの頭を叩いて黙らせる。


「ロウから色々聞いたが、ヒオノシエラさんはこのままシェルヌに居るのか?」

「はい、そうですね……他の魔王族のいるところへ行っても良いのですが、ロウ様が引き止めてくださいますので、もうしばらくは」

「そうか、まあ、何かと知ってるあんたがいると、俺も助かる」

「ありがとうございます、ラムダ様」


 ヒオノシエラは頭を再び下げ、休憩しましょう、と朗らかに言ってから、空中に向けて手を翳した。 

 何もないところに渦が生まれ、ヒオノシエラは中から箱をいくつか取り出した。収納魔法みたいなものらしく、箱の中には食い物が詰まっているようだった。

 コイツ本当に便利だな……とラムダは感心するが、メテオラはむすっとした顔のまま体を起こして、ヒオノシエラの差し出した箱を受け取った。

 そんでコイツは何を不貞腐れてるんだよと呆れていると、


「ラムダ、俺もしばらくシェルヌにいるから」


 不機嫌顔で面倒なことを言い出した。


「いるなら勝手にすりゃいいけど、ヒオノシエラさんとやり合う度に魔力渡すのはごめんだぞ」

「ケチじゃね、別にいいじゃんちょっとくらい!」

「ちょっとじゃねえだろお前の場合」

「どうせ使わないんならいいだろ〜〜!?」

「俺はお前の魔力樽じゃねえんだよ!」

「ヒオノシエラとの扱いの差が納得いかね〜〜!!」

「うるっせえな文句言うならテメェも働け!」


 そうやって口喧嘩をしていると、まあまあ、と言いながらロウが仲裁に入ってきた。


「とりあえずさ、ご飯食べよ。ヒオちゃんも冷めた目で見てるし……」


 ヒオノシエラは微笑んでいるが面倒そうだった。

 ラムダとメテオラは座り直し、横目で目配せをしてからヒオノシエラの出した箱を開けて食事を始めた。


 辺りは雪がはらはら降っている。わりと寒いが、メテオラが手を翳して全員の周りに防護壁を張った。

 その後に、明日から防寒のための設備を整えようとか、ヒオノシエラおすすめの春眠の王がいるところには帝都の精鋭に行ってもらおうとか、とりあえず今度こそ前までの生活に戻りたいとか、ヒオノシエラの出したメシが思いのほかうまいとか、それぞれが雑談を口にした。


「ラムダ、お前のメシなに?」

「魔王のいる世界にある食用キングワームの霜降り」

「最ッッッ悪!!!!!」


 メテオラの心からの絶叫に、ラムダは珍しく大きな声を上げて笑った。

 全力で直情的なメテオラを見ているうちに、ラムダは肩の力が抜けていた。

 先行きは不透明だがなんとかなるだろう。

 そう思いつつ、食用キングワームをもぐもぐ食べた。


 大陸全土に四季のすべてが戻るのは、まだずいぶん先の話である。

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