20 魔王

「話した筈ですよ。この大陸全土が凍えて、調和をはかるために酷暑が緊急で解放されます」


 ヒオノシエラの冷静な声に、メテオラは負けじと眼光を鋭くする。


「それを大陸全土に伝えとけば、寒暖差の対処はできるよな?」

「できなくはないでしょうが……問題がありますね」

「なんだよ」

「まず、メテオラ様が私に勝てないです」


 メテオラはひくりと眉を動かした。ラムダは慌ててメテオラの隣に行き、肩を引いて物理的にヒオノシエラから距離を取らせる。


「何考えてんだバカ、さっさと欲しい部品持っていって弟連れて外出ろよ。魔王族相手にして俺らが勝てるわけねえだろうが」

「やってみねーとわかんないじゃん、そんなのよー!」

「つーか万が一勝てたとしてもどうすんだよ、俺が残れば色々元通りなんだからそれでいいじゃねえか」

「よくねーからやるっつってんだよ!!」


 メテオラの剣幕にラムダはつい黙る。メテオラは大きな舌打ちをし、拳をぎゅっと握り締めるとラムダの胸元を強く叩いた。


「お前……お前のサイコーの魔力は俺が先に見つけたんだよ!!! ぜって〜〜こんなクソ寒い塔なんかにはやらね〜〜〜!!!!」


 大部屋に響き渡る絶叫だった。

 ラムダはぽかんとしてしまったが、ヒオノシエラは笑い出した。

 あっはっはっは! と大きな声で笑い続けてから立ち上がり、すっと片手を振った。

 部屋の真ん中にあった机と椅子が消える。ヒオノシエラは胸の前で両手の指を重ね合わせると、メテオラの正面に来る位置へと移動した。


「メテオラ様の主張はわかりました。リモクトニア・ピルゴスの守り主、飢凍の王ヒオノシエラが慎んでお相手させて頂きます」


 ヒオノシエラの指先が青い光を放つ。次の瞬間には大部屋の壁すべてが分厚い氷に覆われて、ヒオノシエラはふっと浮き上がった。本人を守るように、氷雪が渦を描いて、周りを取り囲み始める。

 どうぞ、と言いたげにヒオノシエラは片手を揺らす。

 戦闘体勢が整うまで待ってくれるようだったが、力量差はすでに歴然だ。


 メテオラにもわかっているだろうに、引かなかった。

 両手を握り締めると床に思い切り叩き付けて、


「ラムダは俺のモンなんだよ……!!!」


 ツッコミどころしかないことを再び言い、召喚陣を浮かび上がらせた。


 今までに見たことのない、大部屋の床全体を覆うほどの召喚陣だった。

 ラムダは勘で後ろへと下がり、ずっと入り口前で待っていた虫機械達のところまで行った。怖いのか、やって来たラムダの足元にぴたりとくっついてくるが、その途端にバラけて召喚陣の中へと吸い込まれていった。


 ぞくりとした。遠くに浮いているヒオノシエラも、意外そうな素振りを見せた。

 メテオラがぶつぶつと何かの詠唱を呟いているのを、ラムダは、メテオラを知った理由を思い出しながらじっと眺めていた。


「っシャア! できた!!」


 メテオラが叫ぶと召喚陣が強く光った。

 中からゆっくりと現れたのは、巨大なドラゴンの姿をした、召喚獣だった。

 鋭利な羽に、太い胴体、鋭い鉤爪から何から何まで、全身が組み合わさった数多の機械部品で作られている。

 

「孤児院焼いたやつか……?」


 つい呟くと、


「それよりデカくした、ぜってー勝ちてえから」


 こちらを見ないままメテオラが返事をした。

 ラムダは、なんというか、反応に困っていた。自分が塔に居続けるのは確かに嫌だが、ロウのためなら別に構わなかった。ロウは自分がいなくても自活は出来ると思うし、ここの宝物庫にある何かしらを売れば金にもなるだろうから、生活の心配もない。

 魔力はどうせ使わない。食事はヒオノシエラが運んでくれるようなので、その問題もない。なんなら、話し相手にもなってくれそうだ。数億年前の文明について色々聞くだけでも退屈しないだろう。

 なので、メテオラだけが斜め上の角度で納得していなかった。


「メテオラ、さっさと負けて諦めろよ」

「おま……ここは普通応援するとこ!!」

「いや、さっさと負けろ。俺はこの塔にいてもいいんだよ、お前のせいで話がややこしく」

「うるっせ〜〜な黙って見てろ!!!」


 メテオラは握った拳を突き出した。呼応して、機械のドラゴンが吠える。大部屋全体が揺れるほどの咆哮にラムダは耳を塞いだ。

 ヒオノシエラは愉しそうだった。


「では、やりましょうか」


 ヒオノシエラが片手を上げると、掌の位置に氷の粒が集まっていき、巨大な塊になった。それを弾くような動作をすればドラゴンに向かって勢いよく飛んでいく。

 メテオラは腕を振り、ドラゴンが同じ動作で羽を振る。氷の塊は破壊されたが、その間にヒオノシエラは吹雪いている竜巻を生み出してメテオラに直接投げ付けていた。

 竜巻は真っ直ぐは飛ばず、ジグザグに進んでドラゴンを躱す。

 その後ろにいるメテオラへと迫るが、


「そういうのの対策くらいしてんだよ!!」


 ぶつかる直前に竜巻は霧散した。

 メテオラの周りには、薄い赤色に光る防護壁が張り巡らされていた。


「流石に、ここまで登ってきただけはありますね」


 ヒオノシエラが弾んだ声で褒める。両掌を胸の前で重ね合わせ、手数にしましょう、と言ってから、ラムダには聞き取れない詠唱を口にした。

 無数の氷の粒が空中に生み出される。先端が鋭利な刃物のようになっており、ヒオノシエラが手を解くと一斉にドラゴンへ向かって飛んでいく。

 メテオラは舌打ちし、拳同士を胸の前でがっとぶつけた。合わせてドラゴンが咆哮し、全身に赤い光を浮かび上がらせる。一瞬の間があってから、ドラゴンは炎を吐き出した。放射状に広がっていき、その範囲内の氷は溶けていく。

 でもすべてではなかった。ヒオノシエラがすっと指を動かすと、氷の刃は意思を持っているかのように、急な方向転換をした。

 ラムダは自分の方に向かっていた氷を叩き落とそうと構えていたから、不意をつかれた。

 メテオラもそうだったらしい。ばっと振り向き氷の刃を見上げたが、さきほどの防護壁が攻撃を防ぐ。

 にやっと笑うメテオラを見て、ヒオノシエラも目を細めて笑みを浮かべた。


「破れますよ、それ」


 そう言うと、手首を捻って魔力を注ぎ込み始めた。氷の刃が青白く光り、数個が合体して人の顔ほどの大きさになる。それから勢いを増して、防護壁を破ろうとした。

 メテオラは眉を寄せながら振り向き、防護壁を貫いた刃を殴り付けて壊す。その勢いのまま拳を地面に当てて、ドラゴンをヒオノシエラに直接けしかけた。

 ヒオノシエラは両手を振った。飛行して目の前まで来たドラゴンの攻撃を防護壁で弾き、羽を狙って氷の刃を飛ばした。いくつか刺さるが、赤い光と共にすぐに最構築された。死角から振られたドラゴンの尻尾がヒオノシエラの防護壁に思い切り叩き付けられる。


 ラムダには、互角のように見えた。

 ヒオノシエラは魔王族だし、恐ろしく強いことはわかっていたが、メテオラがまともにやり合えていることにはどこか安心していた。


 ──が、はっとする。

 ドラゴン型の機械を召喚したあとは、三日くらい寝込むほど消耗するのだ、この男は。


 ラムダは焦りつつメテオラを見た。

 メテオラは、


「はぁっ、はぁ……っあー……クソが………」


 唸るように呟き、数回咳き込んだ。

 ぽたぽたと足元に落ちているのは、汗ではなく、血だった。


 それはメテオラの口から流れてきていた。

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