1-11『景行想と征心館生徒会』

      6



 約束の五分前には、俺は生徒会室に辿り着いていた。


 目の前には、分厚い両開きの扉。

 校内のほかのドアとは明らかに雰囲気が違う大きなそれを、俺は片手でノックした。


「失礼します――」


 中から反応はなかったが、それを気にせず俺は生徒会室の扉を開いた。

 ――室内にいたのは、男女ひとりずつのふたりの生徒だ。

 その片方、正面のデスクの傍らに立っている女子のほうの生徒が、俺を見て言った。


「時間通りですね」


 まっすぐな黒髪を肩ほどで揃えている、すらりとした長身の女性生徒だ。制服の左腕に腕章が留められており、そこに《副会長》の文字が見えている。

 入学の前週、不知火しらぬいの案内で引き合わせられたのが、まさに目の前の彼女だ。


 その名前を駿河するがここの先輩という。


「どうも、お邪魔します。……ご無沙汰してます」


 そう答えた俺に、彼女は一度頭を下げて。


「こちらこそ、突然お呼び立てして申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です」

「会長からお話があるとのことですので、まずは中へ」


 平坦で色のない、しかしはっきりとした口調で駿河副会長は話す。

 雰囲気的には水瀬みなせと少し似ているが、あちらが割と緩い印象なのに対し、駿河副会長の態度からは上級生だからという以上の厳しさが感じられる。

 厳粛な場の雰囲気も相まって、緊張の度合いが少しだけ増してきた。


 そして――。


「まあ、そう固くならなくて大丈夫だから。リラックスしてちょうだいよ」


 もうひとりのほう――正面のデスクに座っている男子生徒が、柔らかな口調で言った。

 こちらは腕章をつけていないが、その椅子に座れるのは全校でただひとりだ。


「初めまして」


 俺は言う。

 実際には遠目に見たことがあったが、話すのは初めてだからこれでいいだろう。

 俺の言葉に、彼は答えた。


「うん、初めまして。生徒会長の時本ときもと一佐かずさだよ。よろしくね、景行かげゆきそうくん」


 駿河先輩と比較して、時本先輩は非常に穏やかな印象を纏っていた。

 淡めの金髪に近い髪色だから、容貌としては割と目立つほうだと思うのだが。目を細くして微笑む姿からは、駿河先輩とは違ったベクトルで大人びた印象を感じた。


「急に呼び出して悪かったね。樹宮きみやさんから詳しい話は?」


 時本会長の言葉に首を振って返す。


「特には何も……」

「そうなんだ。なら困惑させたかもしれないね。それは申し訳ない」

「あ、いえ。構いませんが」


 そこまで言ってから、そういえば樹宮は同席しないのかと遅まきながら思い至る。

 ――いったいなんの用件で呼ばれたのだろう。


「座って話そうか。どうぞ、景行くん。そっちに腰を下ろしてくれ」


 時本会長は椅子から立ち上がると、部屋の手前側にある応接用のソファを指し示した。

 俺は頷き、言われた通りに大きなソファに腰を下ろす。その間に、駿河副会長がお茶を淹れる準備を始めていた。

 ……少なくとも、歓迎してもらえる構えではあるようだ。


「学校には慣れ始めてきたかな?」


 正面のソファまで移動してきた会長にそう問われた。

 まさか新入りの様子を確認するためだけに呼ばれたはずもなし。これは話の枕としての雑談なのだろう。

 俺は頷く。


「そうですね。入学前に想像していたよりは」

「おや。ということは、入学前は割と不安があったのかな?」

「まあ自分以外は全員知り合い同士なんで、打ち解けられるかは不安でしたね」

「ははは、それはそうかもしれない。だけど、それをわかった上で君は我が校を進学先として選んでくれたわけだ。僕も生徒会長として喜ばしい限りだよ」


 時本会長は細い目で笑顔を絶やさない。どこか底の知れなさを感じる笑みだ。

 確か、時本会長もどこかの大企業の御曹司だという話だったか。

 詳しいことは知らないが、その辺りは大財閥の御令嬢である樹宮とも、通じる部分があるのかもしれない。


 気安いようで、決して油断ならないような――そんなイメージを受ける。


「どうぞ」


 と、そこで湯呑に緑茶を淹れた駿河副会長が近づいてくる。

 三人分。それをテーブルに置くと、駿河副会長は時本会長の隣に腰を下ろした。


「ありがとう、ここのくん」


 会長が言ったのに続けて、俺もありがとうございますと頭を下げる。

 駿河副会長は小さく会釈だけを返し、それ以上は何を言うこともなかった。

 代わりに、


「結構いい茶葉だよ。僕が個人的に買っているものだからね」

「そうなんですね。なるほど」

「ああ。九くん――駿河副会長が淹れてくれたときが特に美味しい」

「なるほど……」


 なんだか底の浅い返答しかできない俺だった。なるほどしか言えていない。


 どうしよう。

 茶葉の味の違いなんて判別できないんですけど。

 この学校ではその手の技能が求められるのであれば、習得するべきなのだろうか。


 ひと口、俺はお茶を啜って言った。


「美味しいです」


 さすがに味の感想を求められている流れだろうと思ったのだが、やっぱり駄目だ。

 嘘ではなかったけれど、何ひとつ上手い返しじゃない。


 ただ幸い、ふたりともまるで気にした様子は見せなかった。


「それはよかった」

「そうですね」


 会長と副会長は淡々と言葉を交わし合う。

 いったい何を考えているのか、想像すらつかなかった。


「また飲みたくなったら、いつでも気軽に訪ねてきてほしいな」

「その際は、会長が淹れて差し上げたらよろしいかと」

「おっと。僕は九くんよりは下手なんだけど。景行くんはそれでもいいかな?」

「あ、はい。それはもう。はは……」


 もう乾いた笑みしか出てこない俺である。


 ――どうにも苦手だ。

 こういう、腹の底を探り合うような空気は。


 いつも必ず、嫌な記憶を思い出してしまうから。

 覗かれている腹の底に、視線の圧力で痛みを感じるような錯覚がする。

 そういうのが苦手だったから、かつての俺は、思考することを全て放棄してきたのだ。

 打算をないものとして、いい人ぶって過ごしてきた。


「さて。そろそろ本題に移ってもいいかな」

「……はい」


 会長からの問いに、即座に頷く。

 臆してなどいられない。

 俺は苦手を克服するためにこそ、この学校を選んだのだから。


 いつまでも古い記憶に囚われてはいられない。

 俺はまっすぐに正面を見据えた。


「俺に何か話がある、ということでいいんですよね?」


 だからこそ俺は自ら切り出した。

 時本会長は頷き、俺の言葉を肯定する。


「そう。話が――というよりは、君にひとつ頼みたいことがあるんだ」

「頼み……ですか? 俺に?」

「そうだね。僕にはひとつやりたいことがあって、それに適した人材を探していた。君の噂を聞いたのはそんなときだ、景行想くん。樹宮さんと話して僕は確信した」


 樹宮は会長に、俺のことをなんと言って伝えたのだろう。

 かなり気になったが、それを訊けるような空気ではなかった。


「さて、頼みというのはほかでもない。君には、生徒会からの依頼を請けてほしいんだ」


 ――依頼。依頼と来たか。


 もちろん会長は、俺が様々な部に顔を出していること知っているのだろう。でなければ出てこない表現だと思う。

 というか、遠回しに黙認していると言われている気がする。


 しかし素直に受け取るには不可解な言い分でもあった。


「それは、生徒会に入れ……という意味ではないんですよね?」

「もちろん。役員は全て選挙で決められる。そもそも僕の一存では決められないよ」

「ですよね……」

「選挙は来月。つまり僕の任期も、再選しなければ残りひと月もないわけだ。もし生徒会活動に興味があるなら立候補は歓迎するけれど、それは今回の話とは関係がない」


 会長も副会長も今年で二年生。

 つまり一年の頃から会長を務めていたということだ。再選する可能性も高い。


「それで――」


 ひと息。

 間を空けてから、俺は訊ねる。


「具体的には、俺は何をすればいいんでしょう?」

「簡単に言えば《交流》になるかな。君の価値観を貸してほしい」

「交流……ですか……?」


 いまいち掴みづらい表現に俺は首を傾げる。

 会長のほうは様子も変わらず、ただ少し眉根を寄せながら。


「これでも僕は、この征心館せいしんかんの生徒会長だからね。全校生徒がよりよい学園生活を送れるよう計らうのが仕事だ。とはいえこれだけの生徒数、どうしても限界はある」

「はあ……」

「元より入試の方針もあって、征心館には優秀な能力を持った生徒が集まっている。だが必ずしも全ての生徒が、持って入った能力を活かしきり、育てきって卒業できるわけじゃない。それでも、なるべくなら多くの生徒に、自分の才能を磨き上げてほしいと思う」

「それは……そうですね」


 非の打ちどころのない綺麗ごと。

 それを、ごく当たり前のように語るのが時本会長は上手かった。


「まあ、あえて言い方を変えれば《成果を出してほしい》と表現してもいい。自分が会長職を請け負った代に優秀な実績を出す生徒が揃えば、それはそのまま僕の成果に繋がる」

「……なるほど」

「進学校なら合格実績になるだろうけど、我が校は必ずしもそうじゃない。例年、生徒の半数ほどは征心館大学にそのまま進学するからね。その代わりに、優秀な《一芸》を持つ生徒を多く擁するのが征心館の強みなんだ。そこに僕は自分の役割を見出している」


 ――同時に、君の。

 つけ加えるように会長は語る。


「まあ、早い話が我が校の生徒の中に、入学時に持っていた自分の《一芸》を振るわなくなった生徒がいるという話だね。君に頼みたいのが、つまりそのフォローというわけだ」

「フォロー……ですか?」

「ああ。せっかく持ち前の才能を買われて入学したというのに、それを発揮しないままで残る三年間を過ごすというのは実に惜しい。悩みがあるのか、興味が薄れたか、あるいは別に目指す道を見つけたのか。個々人で違いはあるだろうけど、もしまだその気があるのなら、生徒会としては支援を惜しみたくないからね。これはそういう類いのお節介だよ」

「それで交流、ですか」

「マネージャー業と言い換えてもいいね。この学校の部活にマネージャーという枠組みはないから、そこに目をつけた君の視点を僕は買っている。その延長だと思ってほしい」

「それは……俺の場合は、ただ頼まれた雑用をやっているだけですよ。それに、もともと発案は俺じゃなく、樹宮の考えです」

「知っているよ。その上でさ。別に、何も特別なことをしてほしいわけじゃない。だけどできるなら自分の才能に自信を取り戻してほしい、とも思う。それに足る能力を君が持ち合わせていることなら、このひと月の間に証明されていると僕は考える」


 どうなのだろう。

 俺に、この会長から期待されているような能力があるのだろうか。


 少なくとも無下に断れる話ではない。

 会長の言葉は正論だし、実際多くの部活動に首を突っ込んでいることは確かだ。

 その延長と言われては、首を横には振りづらかった。


 会長は言葉を重ねて、


「征心館では、成果さえ出せば各人の能力に応じた支援を厚く受けられる。その幅広さを取れば全国でも有数と言えるだろう。この一年、僕が力を入れて取り組んできた活動でもある。だから君に頼みたいのは、あくまで僕の手が届かない一部だとは言っておこう」


 ひと口、時本会長は啜るように湯呑へ口をつける。

 それから、再び俺に向き直って言った。


「概要としては以上だね。質問があれば受けつけたいと思うけど」


 ひとまず話は理解したと思う。

 ただ、やっぱり不思議な話ではあった。


 何を訊くべきか、俺は頭の中で思考を纏める。

 それから、会長に向けてこう訊ねた。


「今のお話は、誰か具体的な対象生徒がいると捉えていいんですか?」

「話が早くて助かるね。その通り、君に任せたい生徒はすでに具体的な候補がある」


 だと思った。時本会長は、具体的な誰かを想定して俺に話を振っている。


「全員、優秀な才能を買われて入学した生徒たちなんだけどね。それを使わずに過ごしていることを、僕は《もったいない》と考えている。君に任せたいのはそんな生徒たちだ」

「……………………」

「無論あくまで、当人の意志ありきではある。無理強いを代行しろと君に頼んでいるわけじゃないことは理解してほしい。望まないことを強制しても意味はないからね」

「そう、ですか」

「ちなみに君を選んだ理由は、もちろん君が入学から間もなくして様々な部活から信頼を得ているからでもあるし、任せたい生徒たちが君と同じ一年生だからでもある。しかし、最大の理由は君が征心館の外から入ってきた生徒で――関係をゼロから築けるからだ」


 欲しい説明を先回りでされている感覚だった。

 俺が考える程度のことは、初めから当たり前に潰されているということだろう。


 参った。――だって俺には、この話を請ける以外に選択肢がない。


 これは断れない提案だ。会長は――ひいては生徒会は、言葉にしていないだけで、俺の行動を問題視して禁じるという選択肢を持っているのだから。

 どうあれ俺は、同じ学校の生徒から、対価を貰って働いている。

 校則に違反していないことは確認済みだが、そんなものはいわば、法の目の穴を突いたに過ぎない。

 やめろと公式に言われた場合、それだけで俺の活動は破綻してしまう。


 つまり時本会長の提案を換言するなら、これは《言うことを聞けば生徒会からの頼みという体にして見逃してやる》という意味合いになるわけだ。

 断れば潰されて終わるだけ。

 その手段を実際に生徒会が行使してくるかなど、この際もう問題じゃなかった。

 初めから負けが決まっている交渉の中で、勝っている側が自ら譲歩をくれているようなものなのだ。

 これは慈悲であって、それを俺が自ら手放すようではそもそも救いがない。


「もちろん無償でとは言わない。君は、あくまで対価を貰って働いているからね」


 ほとんど釘を刺されているに等しい言葉を時本会長は述べる。

 まさに完全敗北だ。

 ここまで譲られて断れるほど、俺も考えなしにはなれなかった。


「僕にできることをなら何を言ってくれても構わない。成果も問わない。引き受けてさえもらえるなら、その時点で報酬を約束しよう。内容については君が考えてくれればいい」

「…………」

「頼んでも構わないかな?」


 そこまで言って、時本会長は深く俺に頭を下げた。

 隣にいる駿河副会長もだ。


「……わかりました。お引き受けしますので、顔を上げていただければと思います」

「そうか。そう言ってもらえるなら、僕としても安心だよ。ありがとう」


 そこで時本会長は、いつの間に用意していたのか、机の上にクリアファイルを置いた。

 そちらに視線を落とした俺に、彼は続けて。


「頼みたい生徒の情報は、そこに用意してある。参考にしてほしい」

「はあ……」

「まあ、そう気負わずにやってほしい。樹宮さんにも協力は取りつけてあるから、まずは難しいことを考えず……そうだね、新しい友達を作るつもりで取り組んでくれたらいい」


 俺は頷き、机に置かれたクリアファイルを手に取る。

 中には数枚の書類があった。

 顔写真つきの、簡単な履歴書のようなものらしいが――、


「……んん?」


 記された名前に見覚えがあったため、思わず喉から音が零れた。

 俺は、ほとんど直感に突き動かされるように紙を捲る。

 そして思わず顔を顰めた。


不知火しらぬい夏生なつき

砂金いさご奈津希なつき

水瀬みなせ懐姫なつき


 いったいどういう確率の偶然なのか。

 三枚あった書類の全てが、今日知り合ったばかりの奴らに関するものだ。

 思わず運命論者に鞍替えしたくなる地味な奇跡を前に、黙り込んだ俺へ会長は告げる。


「そう。全員、下の名前の読みが同じでね。樹宮さんも含めて、学内じゃ有名だよ」


 俺が黙り込んだ理由を、会長は名前の一致に驚いたからだと思ったらしい。

 今日だけで俺が全員と会っていると話せば、驚きをシェアしてあげられるところだ。


 しばらく、無音の時間が流れる。


 話はこれで終わりのようだ。俺は残っていたお茶に手をつけた。

 湯呑はすぐ空になる。

 俺は視線を駿河副会長に向けて、


「ご馳走様でした」

「生徒会のお客様ですから」


 礼には及ばない、というような意味なのだろう。

 それでも頭だけは下げておいた。

 俺はファイルを仕舞って立ち上がる。


「では、失礼します」


 最後にもう一度だけ一礼して、俺は席を立って出入口のほうへ向かった。

 先輩たちも立ち上がり、扉の前までついてくる。

 時本会長は今も笑っていた。


「ファイルの中に、資料といっしょに僕の連絡先を入れてある。何かあればいつでも相談してほしい。もちろん生徒会室に直接来てくれても構わないけれど、そのときは前もって連絡しておいてもらえると助かる。ここにいるとは、そんなに限らないからね」

「わかりました。いずれ、何かご相談に来ることがあるかもしれません」

「さっきも言ったけど、別にただ遊びに来てくれたっていいんだよ?」

「あはは……そうですね。それができたら嬉しいです」


 実際、生徒会長と接点ができたのは大きい。

 俺にとっては大きな進歩だ。

 何やらおかしな仕事こそ任されたが、成果を問われない以上は焦る話でもない。


 いや、むしろわかりやすいほど計算された提案に、俺はいっそ感動しているくらいだ。

 それくらいのほうが気持ちもいい。俺が目指すのは、まさにここだろう。


 そうして、俺は生徒会室をあとにした。

 重厚な扉の向こうに、ふたりの先輩の姿が隠されていく。



 俺の《仕事ビジネス》は、こうして正式に生徒会から嘱託される形となった。



     ※



 来客が扉の向こうに消えてから数秒後。

 生徒会副会長、駿河するがここのは――小さく溜め息を零してから言葉を作った。


「今度はどういう思いつきですか?」

「うん?」


 生徒会長である時本ときもと一佐かずさは、信頼する副会長の呆れた態度を一度は流してみる。

 その行為に意味はない。

 駿河九は、己の仕事を《時本一佐が言われたくないことを言うこと》と定義しており、一佐はそれを認めている。

 だから言った。


「交流、だなんて適当なことを。中等部時代の事情を知らない彼には不公平では?」

「別に間違ってはいないと思うんだけどな。交流以外に適切な表現がある?」

でしょう。少なくとも、会長が彼に期待することとしては」

「そんな上から目線で考えてるつもりはないけどね? 確かに彼女たちは問題児だけど」

「…………」

「それに、結果的には彼は引き受けてくれたわけだしね。別に問題はないでしょ」

「引き受けざるを得ないと思っただけに見えましたが。――まあ確かに、それでもこんな曖昧な話、引き受けるとは思っていませんでした。彼に何かあるのですか?」


 訊ねる九に、一佐は首を振って答える。


「見るところはあると思ったけど。でも基本的には直感と、あとは樹宮さんの話を聞いた上での判断だね。彼のことを、少なくとも僕は詳しく知っているわけじゃないよ」

「なるほど。目をつけられたというわけですか」

「目をかけたと言ってほしいところだね」

「問題児の対応を押しつけただけに思えますけど」

「何、反対だった?」

「いえ別に。私は会長ほど、気炎を上げて生徒会活動をしていません。予想よりもだいぶ苦労させられたので、今年はもう立候補しなくてもいいかもしれないと考えています」

「それは困るから来期も続けてほしいな……九くんがいてくれると話が早いんだよ」


 九は何も返事をしなかったが、一佐も重ねては言わなかった。

 ただ小さく息をつき、揺るがない生徒会長としての信念を口にする。


「理由はどうあれ、彼も征心館の一員になったんだ」

「会長?」

「単純な話さ。僕は――景行くんにもこの学校を楽しんでほしいと思ったんだよ」




 ――たとえその青年が。

 楽しむことを、全て捨ててこの学校を選んだのだとしても。

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