第13話 中村航:これって見ちゃダメなヤツでは?(2)

 ということで夜。

 オレは葵の部屋に来ていた。


 そして今、何故か防音室の中に二人でいる。


「それじゃあ航先生。よろしくお願いします」


 にっこにこの葵が、吐息がかかりそうな距離でオレに向かってガッツポーズ。


「ええと……今日は事務所のメンバーと『ヘビシュ』の対戦会だから、横でアドバイスがほしいってことでいいんだよな?」

「そう!」


 元気なお返事でよろしい。

 オレの声が配信に乗らないよう、会話はメッセージアプリで行う。


「オレは防音室の外の方がいいんじゃ?」

「それじゃあデスコの画面が見えないから」


 『デスコ』とは、PC上でボイスチャットやメッセージをやりとりできるアプリである。

 ゲーマーや配信者に人気のツールで、広く使われている。

 葵も他の配信者と通話しながら配信する際は、これを使っているらしい。


「でもそれ、オレが見てもいいものなのか?」

「事務所からの秘密の情報とかじゃなきゃ大丈夫だよ。ダメって言われてないし」


 ほんとかなあ?


「でもオレがデスコの画面見る意味なんてあるか?」

「立ち回りにアドバイスが欲しいって言ったっしょ?」

「デスコのやりとりとゲームのアドバイスに何か関係あるのか?」

「ないよ?」

「おお?」

「私って事務所で空気が読めない娘扱いされてるみたいなの」

「おお、空気読めてるじゃん」

「え? ほんと!?」

「いやいや、皮肉なんだが?」

「ちょっと航!?」


 ぷんすかとつっこんでくる葵に笑顔で返す。

 VTuberって変わり者の集まりなイメージだけど、そこで浮くってよっぽどでは?


「ほんで?」

「むう……。だから、航に事務所の人達に対してどういう立ち回りをすればいいか教えてほしいなって」

「立ち回りってそういう……」

「仁美に相談してみたけど、配信のことも私のこともわからんって言われたんだよ。親友の言葉とは思えない!」

「それでもつきあってくれてるんだから、親友なんじゃないか?」

「あ……そうか、そうだよね。えへへ……」


 このデレ顔、葵のことをクールだとか言うヤツらに見せてやりたい。

 もったいないので、オレからそれをアピールすようなことは絶対しないけど。


「それでね、仁美からそういうのは航に聞きなさいって言われたの」


 家塚のやつ、面倒ごとをこっちにおしつけやがった!


「オレになんか言えることあるかなあ」


 学校の勉強ができると言ったって、自分で一円も稼げないただの学生だ。

 そんなオレに、自分で稼いでいる葵にできるアドバイスなんて、それこそゲームの中だけではないだろうか。


「幼馴染の航にしかできないよ」


 そう言って葵はオレの手をぎゅっと握ってきた。


「手、震えてる……」

「配信前はいつまでたってもこうなんだぁ。えへへ、半年も経つのに情けないよね」


 画面越しとはいえ、数万人の人間に見られ、直接コメントをされるのだ。

 まともな神経をしていたらすぐに潰れるだろう。

 売れっ子VTuberのことを「ゲームして楽に儲けている」なんて言う人もいるが、少なくともオレには真似できない。

 さて、そろそろ時間だ。

 デスコの通話ルームには、聞いたことのある有名VTuberが入室してくる。


「私も通話部屋に入るから、ここからは静かにね。今日の配信は事前に集まるタイプなの」


 お口にチャックのジェスチャーをする葵に、オレは無言で頷いた。


「お疲れ様です~」


 バイオレットこと葵が通話ルームに入り、挨拶をする。


『おつかれー』『おつおつー』『おつです』


 配信で聞き覚えのある声が次々に聞こえて来る。

 今日の合同練習メンバー達だ。


 いずれも葵と同じ事務所のVTuberである。

 配信直前の打ち合わせにオレがいていいんだろうか。

 絶対許可なんてとってないと思うんだが。


(航)やっぱりオレは聞いちゃマズいんじゃないか?


 葵だけが見られるチャットで話かけてみる。

 オレの方は音が出ないよう、スマホでの操作だ。


(葵)大丈夫。彼氏に横で助手させてるコとかもいるから


 聞きたくなかった!

 というか、オレ達もその状況に近くないか?

 つきあってるわけじゃないけど。

 世間にバレたら炎上じゃすまないぞ。




 事前に打ち合わせはされていたらしく、軽く進行の確認をした後、配信は始まった。

 事務所のFPS経験者三人が、葵に教えるという流れらしい。

 ちなみに今回のメンバー、チャンネル登録者的には、葵は四人の中で二番手だ。

 まずは軽く実戦に出て、葵の強さを見ようということになったわけだが。


「あ、チョウチョ。ガの怪獣みたいでかっこいいですねえ」


 葵の操るキャラが、にぎやかしのために飛んでいる小さなチョウチョを追いかけて行き――

 ターンッ!

 頭を撃ち抜かれて死んだ。


『ちょっとバイオレット!?』


 他のVTuberから非難の声があがる。

 といってもガチではなく、冗談めかしたものだ。


「はっ!? すみません! このゲームでチョウチョなんて初めてみたのでつい」

『パワーアップアイテムだと思ったんだよな』

「そんな勘違いしませんよぅ。強そうだからです」

『つ、つよ……?』


 他メンバーからの非難やフォローを、葵は独特の感性でなぎ払っていく。

 これがリスナーに受けているのだから良いのだろうが……。

 これに立ち回りのアドバイスとか難しくない?


 そもそも配信中はかなりの人気者なわけで、コラボ相手も葵の人気にあやかろうという意図もあるだろう。

 その時点で、オレからできるアドバイスなんてない気がする。

 配信に乗らないところでの人間関係が上手く行ってないというなら……それでもできることあるかなあ。


 話をきいてあげるのがせいぜいじゃないか?


 オレってやっぱり子供だ。

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