第19話 日向晴香:横からかすめとったなんて思わないけれ(1)
【日向晴香 横からかすめとったなんて思わないけれど】
航に最高の報告ができた翌日。
あたしはいつもより早く家を出た。
航に合わせる顔がなかったのだ。
せっかくお祝いをしてくれて、葵との仲まで気遣ってくれたのに、あんな態度をとってしまった。
いつものあたしなら、もっと完璧にできたはずなのに、航の前だとどうしても気が緩んでしまう。
甘えてるってわかっていても、どうしても弱い部分が出てしまう。
「航となら一緒に見る」なんて言ったのも、航ならなんとかしてくれるかもっていう甘えがあったのだと、部屋に戻ってから気付いた。
なんて卑怯なんだろう。
航はあたしのことを、一人前に稼いでいるなんて言ってくれるけれど、そんなに大人じゃない。
大人のフリばかりが上手くなっていく。
甘えているというなら、それはきっと、気まずいままでいられる葵に対してもそうなのだ。
早く家を出たのは、航以上に葵と顔を合わせたくなかったからかもしれない。
きっとお互いに何を言っていいかわかなくなるからだ。
気まずい状態の続いているあたし達だけど、わざわざより気まずくなることはない。
ううん、下手に触れて完全に壊れてしまうのが怖いのかもしれない。
私はスマホのメッセージアプリをつい見てしまう。
葵からお祝いのメッセージなんて来るはずがないのに。
教室につくと、パンッとパーティー用のクラッカーが鳴らされた。
まだ数人しか来ていない教室でそんなことをしたのは佐藤君だ。
趣味で動画配信をしているとか。
ゲーム配信を中心にしつつ、アニメやマンガ、芸能関係まで、エンタメ系の感想を語ったりもするチャンネルだったはず。
今も机に置かれた小さな三脚とスマホがこちらを向いている。
「晴香ちゃん、ギャラナスのレギュラーおめでとう!」
「ありがとう。わざわざそのためにクラッカーなんて用意してくれたの?」
あたしの営業用スマイルに、佐藤君の頬が緩む。
「おうよ! クラスメイトの声優さんが久々のレギュラーだからな!」
久々、という言葉に胸がズキリと痛む。
彼に悪気はないのだろうけど。
「でも先生に怒られない?」
「お? おーう……」
佐藤君はあわててばらまかれた紙テープを拾い始めた。
後先考えてなかったのかなあ。
あたしが紙テープを拾うのを手伝うと、彼は嬉しそうに頬を染めた。
航や葵もこれくらいわかりやすければいいのに。
……いや、一番めんどくさいのはあたしか。
「その動画、ネットに上げたりしないでね」
カメラを向けられる仕事は何度もしたが、プライベートでこういう真似をされるのは良い気はしない。
それでも笑顔でやんわりと、自分が嫌がるそぶりは見せずに言う。
「どうしてもだめか?」
佐藤君はとても残念そうだ。
あたしを祝ったのは再生数を稼ぐため?
タイトルは、「うちのクラスの声優が、アニメのレギュラー」あたりだろうか。
我ながらセンスのないタイトルだ。
祝ってくれる気持ちも本当なのだろうけど、下心がないわけじゃなさそうだ。
「クラスメイトのチャンネルなら出てみたいんだけどね。この前のゲーム実況、ちょっとおもしろかったし」
「マジ!? 見てくれたの!?」
こういう時のために、クラスメイトの趣味や特徴はある程度頭に入っている。
あたしは特に女子からはやっかまれやすいポジションなのだ。
少し立ち回りをミスれば、あっという間にイジメの対象である。
「せっかく育てたチャンネルなのに、うちの事務所に訴えられてBANなんてもったいないでしょ? それに、身近な女子をネタにしたら、佐藤君のファンが悲しむかもよ?」
あくまで親身に、上目遣いで心配している風を装う。
脅しとも言える内容なのだが、雰囲気一つで相手の受け取り方は変わる。
「お、おうそうだな。心配してくれてサンキュー」
もうデレっデレである。
ここまでチョロいと心が痛むが、あちらもあたしを利用しようとしたのだから恨みっこなしということで。
その後、続々と登校してきたクラスメイト達から、おめでとうの声をたくさんもらった。
ギャラナスの最新情報をひろってるモノ好きなんて数えるほどだったけど、佐藤君が大発表してしまったのだ。
このバカ騒ぎはちょっと困ったことになった。
こんなところに葵が来たら……。
ちらりと入口を見ると、ちょうど葵が教室に入ってきたところだった。
ばっちり目が合ってしまう。
先に目を逸らしたのは葵だった。
あの顔は嫉妬ではなく、気まずさ?
なぜ葵がそんな顔をするの……?
その理由がわかったのは昼休みだった。
ギャラナスは昨晩に続き、今日の正午にも発表があると告知していた。
その内容はあたしにも知らされていない。
メインキャラを担当するならともかく、脇役にはよくあることだ。
「すげー、ギャラナスのゲストキャラに人気VTuber出演だって!」
昼休みに入るなり、大声でそう言ったのは佐藤君だ。
「バイオレットと共演じゃね!? Vもテレビアニメにちょこちょこ出るようになったよなあ。晴香ちゃん、収録でバイオレットの素顔みたりすんのかな」
佐藤君はあたしの方をチラチラ気にしながら、航に話しかけている。
今なんて言ったの……?
バイオレットが……葵が……ギャラナスに出る?
葵は自席でスマホに目を落としているが、その指も視線も動いていない。
心ここにあらずだ。
少なくとも喜んでいるようには見えない。
もし葵が手放しで喜んでいるなら、絶対にわかる。
ならなぜ?
驚いているわけではないはず。
さすがに彼女が今日の発表を知らなかったとは考えにくい。
そうか……コレを知ってたから、今朝あんな態度をとったんだ。
あたしの胸を埋め尽くしたのは、幼馴染と共演できる喜びを塗りつぶす、圧倒的な悔しさだった。
中学でのデビュー依頼、声優としてずっと努力してきた。
そうしてやっと手に入れた夢の出演だ。
それなのに、演技のできない素人が同じ土俵にあがってきた。
頭ではわかってる。
商業的成功のために数字を持っている人が声優として起用されることはよくある話だ。
そして、葵(バイオレツト)は人気がある。
その人気は彼女の才能と努力によって得たもので、なかなか真似できるものではない。
ネット上の集客力だけで言えば、アイドル声優の看板を掲げるあたしよりよっぽど上だ。
これが葵でなければ、こんなにもぐちゃぐちゃな感情にはならなかったのだろう。
視界の端で、不安そうな顔をした葵が、ちらりとこちらに目を向けたのがわかった。
今顔を合わせたら何を言ってしまうか、自分でもわからない。
あたしはお弁当を持つのも忘れて、逃げるように教室を出た。
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