第18話 中村航:心から喜べるようになってほしいんだよ(1)
■■■ エピソード3 修羅場な幼馴染達 ■■■
【中村航 心から喜べるようになってほしいんだよ】
カルト的人気を誇る不条理ギャグアニメ、『ギャラクシーナース』。その続編が十年ぶりに作られるというニュースが先月流れ、一部のオタクを大いに湧かせた。
小学生の頃、晴香や葵と毎週楽しみにしていた思い出のアニメである。
あの頃の様子は今でも思い出せる。
「すごかったねえ。<あたし>、かんどうしちゃったよぅ!」
いつものように葵が感動の涙を流す。
泣くところなんてなかったと思うんだけど。
「あおいってばまたないてるー。きょうもランランちゃんの恋はみのらなかったね。<私>もはやくおとなの恋がしたいなあ」
一方の晴香は、ちょっとませた感想を言う。
「おとなの恋ってあんなんなの? スペース温泉たまごになっちゃった金もちのイケメンをあたためるとか、おとなになってもできる気がしないんだけど……」
そんな二人に挟まれたオレは、しごくまっとうでつまらないことを言うのだ。
「だいじょうぶ。わたるならなれるよ! あたしたちのスペース温泉たまごに!」
「いみわかんないよ、あおいちゃん!」
「そうだよねえ。どちらのスペース温泉たまごになるかはえらんでもらわなくちゃ」
「きょうははるかちゃんもそっちがわなの!?」
ギャラナスという作品を好きだったのはもちろん、こうして三人で語るのが何より楽しかった。
勉強に力を入れるようになってから、アニメやゲームは嗜む程度になっていたが、これは楽しみだ。
続編放送開始までに二人を仲直りさせ、三人でこのアニメを見るのが目標――などと思っていたわけだが。
今夜行われたキャスト発表で、オレはスマホを取り落とすほど驚いた。
メイン級の名前の下に、『日向はるか』の名前があったのだ。
ちょどその時、玄関のチャイムが鳴った。
いつものように晴香が晩ご飯と勉強にやってきたのだ。
「ギャラナス出演おめでとう!」
「ありがとう。ハイタッチの前に、家に入れてくれるとうれしいかも……」
うれしさとはずかしさで口をもにょもにょさせた晴香が、思わず上げていたオレの手をそっと下ろした。
晴香の手はどこか熱を帯びているような気がした。
今日の晩ご飯は、ギャラナスのキャスト発表で持ちきりだった。
「ずっと航に言いたかったんだよー。当たり前だけど発表まで誰にも言っちゃだめだからさあ。我慢するの大変だったよ」
これほど嬉しそうな顔はいつぶりだろうか。
こちらまで幸せな気持ちになってしまう。
「オーディションは今回追加になるメインキャラ役で受けたんだけどね」
「受かるだけすごいじゃないか」
「そうなの! 監督さんが、ヒロインの友人キャラとしっかり者っぽい雰囲気がぴったりだって言ってくれてね」
「マジメにがんばってきてよかったな」
「うん」
晴香の瞳が潤む。
「テレビアニメのレギュラーは久しぶりだし、それがギャラナスなんてね……」
溢れそうになる涙をぐっとこらえる晴香を見て、こちらの方が泣きそうになってしまう。
オレには想像もつかない頑張りがあったんだろう。
こんな時でも置いていかれてしまった気持ちになる自分の小ささが嫌になる。
「放送は三人で一緒に見たいな。昔みたいにさ」
「それは……難しいかもしれないね」
難しいと言った。イヤではなく。
これは脈アリなんじゃないだろうか。
「なぜだ?」
少し、押してみる。
「葵がつらくなると思うから」
ああそうか……やっぱりオレはバカな子供だ。
オレと晴香にとっては嬉しいニュースだが、葵にとっては複雑というか、嫉妬の対象となるだろう。
そんな状態で一緒に笑って見るなんて、できるはずがない。
晴香はそれを思いやれるのだ。
だけど、それじゃあずっと変わらない。
「葵ならきっと喜んでくれると思うけどな」
「うん……」
迷いと不安を多分に含んだ肯定だ。
嬉しさのせいか、今日の晴香はいつもより少し口が軽い。
だからもう少しだけ押してみる。
「昔みたいに三人で楽しく過ごせたら、楽しいと思わないか?」
「思うよ。思う」
晴香は心底困った顔をした。
今日はここまでだな。
これ以上押して口を割らせたとしても、後で晴香が「なぜあんなことを言ってしまったのだろう」と凹んでしまう。
「放送まで時間があるからさ、考えといてくれよ。もしよければ、オレから葵に声かけてみるからさ」
「うん……」
よし、言質と――
「航となら。みる」
れなかったかあ。
だけど、こんなに悲しい笑顔をさせてはいけない。
「とにかくおめでとう。放送を楽しみにしてるな」
「うん、任せといて!」
ファンやクラスメイトを虜にするこの笑顔が、彼女の処世術であることを知っている。
笑いたくない時に笑わずにいられるようにしてやりたいと思うのはおせっかいだろうか。
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