第17話 中村航:これって見ちゃダメなヤツでは?(6)

 ……泣いてるのか?


 大会で活躍が結局ラッキーだったのが悔しくて?


 オレはドアを閉じ、リビングで待つことにした。

 いまいち進まない勉強をしながら待つことしばし。


 防音室から葵が出て来た。


 目元が少し腫れている。

 やはり泣いていたのだろう。


 オレに葵の気持ちをわかってやることはきっとできない。

 それでも、少しの慰めくらいはできるはずだ。


「今日の配信、盛り上がってたな」


 葵の泣き顔には気付かないフリで、明るく笑顔を向けてやる。

 いつもの葵なら、それだけでふにゃふにゃした愛らしい笑みで返してくれる。


「ううん、全然ダメだったよ……」


 しかし、今日の彼女は違った。 

 しょんぼりしたまま、立ち尽くしている。


「たしかに大会の結果は残念だったけど、それは最初からわかってたことだろ。気を落とすことないって。練習がんばってたから悔しいだろうけどさ」

「勝てないし、活躍できないってことはわかってたの。あの程度の練習で、普段から頑張ってる人に勝てないのはあたりまえだもん。勝てると思う方が失礼だよ」


 いつの間にこれほど自分に厳しい考え方をするようになったんだろうか。


「そうか……」


 今のオレではかける言葉がみつからない。

 ソファの隣を軽く叩き、座ることを促すくらいだ。

 ゆっくり腰掛けた葵は、ぽつぽつと語る。


「今日の私、いつもの私だったでしょ?」

「ああ、ファンも喜んでたぞ」


 大舞台で普段のパフォーマンスを出せるのはすごい。


「でもあれじゃあ、コラボ配信なのに普段の私をやっただけなの。チームメイトやそのファンのこともちゃんとかんがえないといけなかったのに。あんなだから、空気のよめないコとか言われちゃうんだ……」

「そこも含めて、葵の……バイオレットの魅力なんじゃないか?」

「ファンのみんなはそう言ってくれるけど、それだけであんなにたくさんお金をもらっちゃだめなんだよ。もっと……ちゃんと、他のみんなとも上手くやれるようにならなきゃ……。事前の合同練習でのプロレスも大事だってわかってた。でも、一人だとできても、みんなとかけあいするのがどうしても上手くできなかったの……。もっと上手くできるようになりたいよ……」


 葵は溢れそうになる涙を手の甲でぐいっとぬぐった。


「…………晴香みたいに、か?」


 これを口に出すべきではなかったのかもしれない。

 弱っている葵に酷い質問なのかもしれない。

 それでもオレは二人がまた仲良くなるきっかけを作りたい。


 オレの問いに葵は小さく頷いた。


 この反応を引き出せただけでも、一歩前進だろうか。

 やはり葵は、晴香を嫌っているわけじゃない。

 少なくとも、高く評価している。


「ならさ、晴香に相談してみたらどうだ? 社会人としては先輩だし、同じエンタメ業界人だろ?」

「…………やめとく」


 葵は首を横に振った。

 やはりだめか。

 大丈夫、まだチャンスはある。


「葵はすごいと思うよ。オレには絶対まねできないことだ。オレの慰めなんて役に立たないかもしれないけどさ」

「そんなことない。航の言葉は私に力をくれるよ」


 潤んだ瞳がオレをしっかりと見つめ、柔らかい手がオレの手に触れる。

 違う。

 そう思えるのが葵の凄さなんだよ。

 オレみたいに何ももっていないやつの言うことを、前向きにとらえられる、葵のすごさなんだ。


 ――ポコン。


 扉を開けっ放しの防音室から、デスコの着信音が聞こえた。


「何か来たみたいだぞ」

「う、うん……」


 防音室へと入って行った葵が、ちょっとイヤそうな顔で手招きをした。


「これ見て」


 PCの画面には、葵にちょっかいをかけてきているイケメンVTuberことヨランハからのメッセージが来ていた。


(ヨランハ)おつかれー。打ち上げに飯でもどう?

(ヨランハ)コラボでの立ち回りも教えるよ


 コラボで悩んでいたことを見抜いているのは、さすが同業者だ。

 オレにはわかってやれなかったことだ。

 なんだかもやもやする。

 とはいえこれは、下心満載なんだろうなあ。


「航に教えてもらった通りにするね」


(バイオレット)好きな人がいるんです


「いや、急すぎでは!?」


 もうちょっと話の流れで頼むよ!


(ヨランハ)もしかして、俺のこと?


 ものすごい前向きさ!


(バイオレット)ちがいます


 ノータイムで返信!


(ヨランハ)ご飯にさそっただけでいきなり振られるのはひどくない?

(バイオレット)たしかに……すみませんでした

(ヨランハ)じゃあお詫びにご飯でもどう?

(ヨランハ)なんなら、その好きな人についても相談にのるよ

(ヨランハ)こうみえて、経験はそこそこあるからさ


 いやほんとめげないなコイツ。

 遊び慣れてるってこういうことかあ。

 ただ、弱みにつけこんで来るのは嫌悪感がある。

 端的に言うと、嫌いなタイプだ。


「ど、どうしたらいいんだろう……」


 葵はオロオロと、モニターとオレの間で視線をさまよわせている。


「オレの言う通りに打てるか?」

「うん」


(バイオレット)アドバイスはありがたいのですが、男性と一緒にでかけるのは抵抗があるのでごめんなさい。事務所も良い顔をしないと思いますし

(ヨランハ)うーん、じゃあ今日のところはしょうがないね


「すごい! さすが航! しつこい男子博士だね!」


 人聞きの悪いあだ名つけるのやめて!?


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