第16話 中村航:これって見ちゃダメなヤツでは?(5)

 晴香からのアドバイスは葵に伝えたものの、それを使う機会は訪れないまま、大会当日になった。


 葵の家に来てはいるが、さすがに防音室に一緒に入ることはせず、リビングで待機している。

 オレとの練習用に葵が用意したPCで、配信を視聴するというわけだ。


 ちなみに防音室は窓がないタイプで、葵の様子を窺うことはできない。

 これなら葵の家に来る必要ないのでは……と思ったりもするが、本人に強くお願いされてしまったのだからしょうがない。


 オレは数学の問題を解きつつ、配信開始を待つ。


 今回の大会で使われる『ヘビシュ』は、五人チームで戦い、相手を全滅させるか拠点を破壊すれば勝利というルールだ。

 他にもいくつか遊び方があるようだが、今回は最もシンプルなルールが採用されている。


 結局のところ、オレのコーチは大した役には立たなかった。

 そりゃあ、素人のコーチを数日受けたところでどうなるものでもない。


 ただ葵は持てる時間を全て今回の大会に注ぎ込んでいた。

 授業中も、手をゲームパッドを持つ形にして、ずっとイメトレをしていたようだ。

 おかげで、授業で指された時は何も答えられなどころか、教師の声も聞こえていないようだったが。

 イメトレでよくそこまで集中できるものだ。




 さて、配信が始まった。


 オレは問題集を解く手を止め、暗記物に切り替える。

 配信を見ながらの思考は難しいが、効率は落ちるものの暗記はイケる。ぶつぶつ口に出しながら配信を見ていると、配信が終わった頃には脳にインプットされているというわけだ。

 葵の配信を観る時間を確保するために身につけた技だ。


 大会は三チーム×五人の合計十五人が参加する大所帯。

 二本先取の総当たり戦で、成績上位二チームが決勝で戦うらしい。

 チームの五人は、初心者から上級者までバランスよく配置されている。


 葵はもちろん、一番の初心者枠だ。

 イベント色の強い大会ではあるが、みんなガチである。

 真っ先に狙われるのは初心者だ。

 上級者との実力差は大きいものの、むざむざやられては自チームの上級者が集中攻撃されてしまう。

 ということで、初級者達の役目はしっかり逃げ回りながら、相手チームに嫌がらせをすることだ。


『ひええ! 銃持った人が追ってくる! 殺されちゃう!』


 というわけで、初心者筆頭の葵は悲鳴を上げながらフィールドをかけまわるのだ。


『バイオレットさん落ち着いて! そういうゲームだから! おちついて!』


 チームメイトの上級者が通話でアドバイスをしてくれる。


『お、おちんち――っ!?』

『バイオレットさん!? 全力でおちついて! BANされちゃう!』


 小学生男子かな?


『はい! おちつきました!』

『体育座りモーションしてって意味じゃないよ!? 初心者なのに、わざわざショートカットに設定したの!?』

『ああ! やられました!』

『そりゃそうだ!』

『大丈夫! やられたことでゲージがたまりました!』

『そんなシステムないよ!?』

『心のゲージがたまったんです!』

『いらついてるだけでは……?』


 葵はチームメイトに多大な迷惑をかけながらも、配信を盛り上げていた。

 彼女なりに真剣なプレイをしていることは、一緒に練習したオレにはわかる。

 まともに走ることすらできていなかったところからのスタートなのだ。

 短い期間でがんばったと言えるだろう。

 しかし、普段彼女の配信を見に来ない視聴者からは『大会なのにふざけている』と映ったようだ。

 心ないコメントもかなり見られた。


『うぅ……ごめんなさいー!』


 かなり凹んでいるだろうにテンションを下げないよう、葵は必死に大きな声を出す。

 これまでのミスを挽回するように前へと出るが、そんな行動は上級者からすればカモだ。

 あっさりスナイプされてしまう。

 ヘッドショットされてもおかしくないタイミングだったが、走り方がふらふらしているおかげで大ダメージを受けるだけですんだ。

 ここで葵が一方的にキルされると、チームの負けがほぼ確定する場面だ。


『あわわわわ……』


 慌てた葵が操作をミスし、体育座りモーションを出してしまう。

 その頭上を、スナイパーライフルの弾が通過していく。


『ひゃー! 助かった!』


[あっぶねー]

[さすがバーさん、持ってる]


『いったん引いて!』

『は、はい!』


 チームメンバーの指示で反転しようとする葵だったが、足をすべらせ、塹壕に落ちてしまう。

 そんなことある!?


『あわわわわわ!』


 ミスが重なってよほど慌てたのだろう。葵の放送から、ガチャガチャとコントローラーを連打する音が聞こえてくる。


『バイオレットさん落ち着いて!』

『はい!』


 チームメイトの声かけに葵が良いお返事で返した瞬間――

 葵を中心に爆発が起きた。


『ぎゃー! ごめんなさーい! ダイナマイトがー!』

『なんでそんなネタ武器を持って――え? キル1? 塹壕に敵がいた!? チャンス!』

『ラッキー! じゃない……狙い通りですよ!』


[おおお。これはラッキー]

[狙った……わけないよね]


 まさかこんなところでダイナマイトが役立つとは思わなかったな。

 意図しない活躍ながらも、このバトルは葵達のチームが勝利した。

 そんな面白活躍シーンがありつつも、葵のチームは決勝には進出できず、彼女自身の成績は全プレイヤーの中で最下位だった。

 それでも、イベント自体はかなり盛り上がっていた。

 オレもいつの間にか勉強の手を止め、葵を必死で応援してしまっていた。




 配信が終わり、葵を労おうと待つが、一向に出てくる気配がない。

 ノックをしてみるが、返事もない。


 防音室だけにノックの音が聞こえないのかもしれない。

 中でまだ他の人と通話をしているのかもしれない。

 そうであれば、大きなノックの音はマズい。


 オレは音が立たないように、そっとドアを開けた。


 入口からは葵の背中とPCのモニターが見える。


 通話中ではないようだが、葵の肩が小さく震えている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る