第15話 中村航:これって見ちゃダメなヤツでは?(4)

 頼ったのは晴香だ。

 そろそろ日付も変わろうという時間なので通話をできるか聞いてみたのだが、直接部屋にやってきた。


「この時間に話したいなんて珍しいね、どしたん?」


 ピンクのパジャマにガウンという、隣に住んでいてもめったに見られない格好だ。


「寝るところだったか?」


 セパレートのパジャマは制服より低い露出度なのに、何故かドキドキしてしまう。

 いつものように食卓テーブルに向かい合って座る。


「ううん、まだ起きてるつもりだったから大丈夫」


 朗らかに微笑む晴香の目元には、微かに疲れが見て取れる。

 仕事か……家庭で何かあったのかもしれない。

 晴香の家があまり上手く行っていないのは、本人が漏らしたのを聞いたことがある。

 口に出してしまったことを後悔しているようだったので、オレからは触れないようにしている。

 本題に入る前に、晴香の前にホットミルクを出す。


「ありがと」


 晴香はふーふーと息をふきかけながら、ちびりとミルクを飲んだ。

 こわばっていた表情が緩む。

 付き合いの長い幼馴染だからわかる、微かな変化ではあるけれど。

 とにかく、少しは落ち着けたようだ。


「友達の話なんだけどさ」


 オレの切り出しに、晴香は「ふーん」といたずらっぽい笑みを浮かべた。


「私が受けた相談だと、そのパターンて99パーセント本人の話よね」

「いやいや、そんな母数の小さい話をされましてもね。ほんとに友達の話だよ?」

「年間の相談件数は百を超えますが?」


 忙しいのに人望あるなあ!


「さすが晴香さん。オレの相談にも乗ってください」

「よろしい。んで、どんな悩みなのかな?」

「その友達ってビジュアルがよくてモテるんだが」

「んん?」

「なにか疑問が?」

「あたしは……いいと思うよ?」


 なんでちょっと憐れむような目?


「オレのビジュアルの話はしてないからな!?」

「うんうん。それで?」


 く……楽しそうにされるのも、それはそれでムカつくぞ。


「好きでもない異性に言い寄られ続けて困ってるみたいなんだ」

「ん、んん……? えぇ……」


 今度は困惑した後な凹んでいる。

 忙しいやつだ。


「さらに同性からの嫉妬もすごいらしくてな。どうしたらいいのかなって」

「あたしに話しかけられるの、そんなに嫌だった?」

「は?」

「ごめんね、気付かなくて。でも、こんな回りくどい言い方しなくてもいいんじゃない?」


 晴香は今にも泣き出しそうな顔をする。


「いやいやいや! ホントにオレのことじゃないんだって!」

「ホント? あたしのことウザいって思ってない?」

「思ってない思ってない」

「じゃあ、好き?」


 美少女によるうるんだ瞳での上目遣いは最強だ。


「いやそれは……」


 たしかに大切な幼馴染だし、かわいいと思うが、昔みたいに三人に戻れるまではそんなこと考えられないというか……。

 オレが思考をぐるぐるさせている間も、晴香はじっとこちらを見つめてくる。

 不安気で儚い表情。

 強い庇護欲を掻き立てられるその口元に、一瞬だけ笑みが浮かんだのをオレは見逃さなかった。


「おい、どこから茶番だったんだ?」

「なんのことかなー?」


 晴香はとぼけた顔で視線を外す。

 こいつ、オレの話ではないとわかった上でひっかけやがった。


「とりあえず、何度でも断るしかないんじゃないかなあ」


 急に本題に戻すよね。


「でも、迫ってくるコに友達が多い場合、『振られてかわいそう!(ざまぁ)』からの、振った側の悪い噂を流すところまで行きがちだからなあ。そこは気をつけたいよね」


 めっちゃいきいきしてる!

 女子はこの手の話題好きだなあ。


「可能な限り穏便に断りたいけど、あきらめの悪いコ相手にはやっぱ、偽彼女作戦だよね。定番だしリスクもあるけど。偽彼氏が本物彼氏になるっていうのもよくある話だから、それはそれでハッピーエンドだしね」


 過程はオレより詳細だけど、結論いっしょじゃないか。


 ん……?


「偽、彼女? 彼氏じゃなく?」

「ん? その友達って女の子なの?」

「そうだが?」

「航に女子の友達?」

「いやいや、学校で話すくらいの相手はいるが?」

「こんな相談をするほど親しい?」

「んぐ」


 痛いところをついてくる。


「…………」

「…………」


 晴香が眉を潜めて考えるのを待つことしばし。


「偽彼氏作戦とか、愚策もいいところよね!」


 何かに気づいたように、目をカッと見開いた。


「急にどうした!?」

「不誠実極まりないもの! 航も絶対そんなことしちゃだめだからね!」


 すごい剣幕でまくしたてる晴香である。


「お、おぅ。もともとやる気はなかったが」

「ならいいわ」


 晴香は浮かせていた腰を落とすと、大きく息を吐いた。

 そんなに興奮することか?


「それで、対策だけど」


 急にキリっとするな。

 テンションの差についていけん。


「あたしもめんどくさいファンにSNSで粘着されたことあるからわかるけど、一番は相手にしないことね。異常にしつこいなら、一度きっぱり断ってから無視する。これね」

「オレも同意はするが、しご……バイト先が同じだから、そういうわけにもいかないみたいなんだ」

「いっそ付き合っちゃえばいいのに……はっ! な、なんでもないわ! うーん、それだと本人より、嫉妬の方が問題だよね」

「そうなのか」

「女子の嫉妬はこわいよー? さっきも言ったけど、告白された側の悪い噂を流すなんて序の口なんだから」

「マジか……」

「あっ、もちろんあたしはそんなことしないよ。そういうコもいるってだけ。そうなると、本人の他に周りも納得させなきゃなんだよねえ」

「なんつー面倒な」

「そうなんだよねえ」


 晴香は嫌そうな顔で舌を出した。


「やっぱり、実は好きな人がいるって言っちゃうのが一番かなぁ」

「ふむふむ」

「でもそれだと、なんで今まで言わなかったとか、自分の方がいいに決まってるとか言われるわけね。最悪、そいつに会わせろって話になる可能性もあるわ」

「ふむふむ」


 完全にうなずきマシーンとなっているオレである。


「そのあたりは、言い回しは違ってもだいたいパターンが決まってるから、対応方法をあとでメッセージするわ」

「マジ助かる」

「いつもご飯作ってもらってるし、勉強も教えてもらってるからね。これくらい安いもんよ」


 晴香はにこっと笑うと、ぬるくなり始めたミルクの残りを、一気に流し込んだ。


「女子のことならあたしを頼ってよね」


 そうさせてもらうよ。

 たしかに助かった。


 できれば、晴香と葵の仲についても相談したいところなんだけどなあ。


 そうはいかんよなあ。


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