第12話 中村航:これって見ちゃダメなヤツでは?(1)

【中村航 これって見ちゃダメなヤツでは?】


 昨晩晴香が二つ差し入れてくれたヨーグルトプリンを朝ごはん代わりにしつつ、オレと葵はゲームの練習をしていた。


「オレも下手くそすぎなんだけど、練習になってるかこれ?」


 互いにチャンスを逃すそのプレイはもはや、じゃれ合っているようにしか見えない。


「なってるよ! 夜は事務所の人たちと配信しながら練習してるけど、みんな上手くてよくわからないうちにやられちゃうからね。航くらいの相手の方がいいんだよ」


 そういうものか?

 たしかに、一方的にボコられるのは、まだ操作のおぼつかない葵にとって、意味のない時間だろう。


「事務所のメンバーに下手な人はいないのか?」

「いるけど、そのコ達は今度のイベントではライバルだからね。こっちは秘密特訓をしておかなきゃ!」

「でも今夜合同練習があるんだろ?」

「あ、あるけど実力は隠すから」

「隠すほどの実力なんてないような……」

「夜までに強くなるし!」

「学校があるだろ」

「イメトレ! イメトレで最強になります!」

「授業は聞けよ……」




 そんなこんなで、短い朝練の時間はあっという間に過ぎていった。


「よーし、とりあえず間違ってボタンを押すことはなくなったよ!」

「回復アイテムと間違えて、味方を後ろから撃たなくなっただけでも大きな成長だな」

「そう! いままでは味方を撃ってマイナスだったのが、ちゃんと回復できてブラス! つまり2倍の成長だよ!」


 そこまでドヤれるのもすごいが、楽しそうで何よりだ。

 ふとここに、晴香もいたらなと思ってしまう。


「この茶碗蒸し、甘くておいしいね。ちょっと酸味があるのが珍しいなあ」


 最後の一口を食べた葵が、名残惜しそうにスプーンをぺろりと舐めた。


「それ、ヨーグルトプリンだけどな」


 茶碗蒸しだと思って食べてたのか。


「いやいや、だってプリンより茶碗蒸しの方が近い色だよ」

「色だけで判断しちゃったかあ」

「じゃあ間をとって、ヨーグルト蒸しってことで」

「それってただの蒸したヨーグルトでは……?」


 間を取る意味からしてわからんが。


「これどこで買ったの?」

「晴香がくれたんだよ。昨日は変な態度とってごめんねってな」

「そう……」


 テーブルに並んだ二つの空き容器を眺めながら、葵は微かに微笑んだ。

 うーん。きっかけさえあれば、仲直りできそうなんだよなあ。

 実は頑固な二人だし、なにか大きなきっかけが必要なのかもしれないけど。




 朝練を終えて玄関を出ると、今日も晴香と鉢合わせた。


「おはよ。今日も朝練?」


 晴香はいつもの明るい笑顔だ。

 ただ、一瞬だけ目が泳いだのをオレは見逃さなかった。

 幼馴染だからな。


「昨日のことはもう気にするなって言ったろ。ヨーグルトプリンも美味しかったしな」

「んぐ……あ、ありがとね。じゃあ先に行ってるよ」

「待った」


 オレは思わず晴香の手首を掴んでいた。


「おまたせぇ」


 そこに葵も玄関から出てくる。


「「……」」


 一瞬目のあった二人は、互いにそっと視線を外した。


「そ、それじゃあ……」


 先に行こうとする晴香だが、オレはその手首を離さない。


「さ、三人で一緒に行こう」




 完全に勢いだけで提案したわけで、後先など考えてはいなかった。

 左に晴香、右に葵。

 両手に華の状況は、投稿途中の生徒達から注目を浴びるのに十分だった。

 めちゃくちゃ見られてる!

 オレが二人の幼馴染だということは、一部にしか知られていない。

 一年生の時はクラスも違ったし、二人と学校で一緒にいることはほぼなかったからだ。


「一緒に登校するの、久しぶりだね」


 晴香が笑顔を向けてくる。

 それだけで、周囲の男子達からため息が漏れた。


「晴香がデビューしてからは、不規則な登校が多かったからなあ」


 仕事の関係で遅刻と早退の多い晴香とは、いつの間にか一緒に登校しなくなっていた。

 晴香の性格を考えれば、一緒に行ける日だけでも誘ってきそうなものだ。

 事実、最初の頃はそうだった。

 一緒に登校しなくなったのは、晴香と葵が気まずい感じになってからじゃないだろうか?

 晴香が葵を誘わなくなったことで、自然と葵も一緒に行かなくなった。

 葵の場合、VTuberになってからは、活動時間が深夜に及ぶ影響か、朝はいつも遅刻ギリギリだというのも大きいが。

 小学生の頃は三人で登校していたもんだがな。

 他の男子にからかわれまくったのも、今となっては良い思い出だ。

 男子小学生としては死活問題だったが、よくがんばったよオレ。


「桜の木の下には死体が埋まってるってみんな言うけどさ」


 葵が既にほとんど葉桜になりつつある桜並木を眺めながら、急に何か言い出した。


「『みんな』は言ってないと思うが……それで?」

「木の根が邪魔で埋めにくそうだよね。スコップがひっかかったりしないのかな」

「避けて掘るんじゃないかな……」


 相変わらず変なところを気にするヤツだ。


「私が死んだら、埋めるのは桜の木の下じゃなくていいからね」


 葵はほろりと涙など流している。


「日本は火葬が基本だけどな」

「え!? それじゃあゾンビが出てこられないじゃない!」

「そうだが?」

「引っ越しの時に買った防災グッズ、捨ててもいいかな……」

「それはとっとけ」


 ゾンビ用だと思ってたんかい。


 とまあ、一見楽しい朝の会話なのだが……。

 この二人、互いにいっさい会話をしない。

 オレと晴香、オレと葵の会話が別々に行われているのだ。

 二人ともピリついた雰囲気を出しているわけではない。

 互いの会話に割り込むこともしない。

 しかし、目を合わせようともしない。

 この二人の仲をとりもつって、めちゃくちゃ難易度高いのでは……?


「そうだ晴香、今晩の勉強はなしにしてくれ」

「いいけど……どしたの?」

「葵の練しゅ――」

「やっぱ理由はいいや。航だって忙しいこともあるもんね」


 そこを先回りして塞ぐのは、オレの心を読みすぎじゃない?

 共通の話題になるかとも思ったのに。


「三人とも仲いいなあ。うらやましいよ」


 後ろから声をかけてきたのは佐藤だ。

 仲が悪いわけじゃないけど、今のを見てそういうコメント出る?


 ……出るかもなあ。


 表面上は三人仲良く談笑してるようにしか見えないもんな。

 見た目だけじゃなく、早く本当にそうなりたいもんだ。


 とりあえず今日はこんなところにしといてやろう。

 オレの心がもたん。

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