第3話 影川葵:デビューから半年だよ(1)
【影川葵 デビューから半年だよ】
ミュートの解除よし!
私は画面をサムネから配信へと切り替え、大きく息を吸い込んだ。
「Vtuber事務所2D(ツーディー)スコープ三期生、バイオレット・S・アンイルミだよ! みなさん見えてるー?」
カメラに向かって手を振ると、画面の中のアバターが僅かに遅れて同じ動作をした。
十七歳の魔女見習いという設定のアバターは、とんがり帽子に胸元の大きく開いた黒のワンピースという、いわゆる魔女スタイルだ。
これがかれこれ半年の付き合いになる私の分身、バイオレットである。
配信のコメント欄が加速する。
[こんいるみー]
[今日もかわいい]
[挨拶忘れてる]
「あ、はいはい。挨拶ね、忘れてないよ、こんいるみー」
このトンチキな挨拶が、チャンネルの開幕儀式である。
いやまあ、トンチキとは言ったけど、考えたの私なんだけどね。
本当は、バイオレットの出身地の言葉や文字まで考えてて、それを使った挨拶をしようとしたんだけど、運営さんに止められてしまったのだ。
さすがに視聴者(リスナー)がついて来られない、だって。
絶対あっちの方がかっこいいのにね。
「今日はデビュー半年記念配信を観に来てくれてありがとう! わっ、十万人!? すご……ありがとね」
色々あって勢いで受けた大手VTuer事務所に所属して半年。
短い間に色々あった。
「今日は過去配信の切り抜きをみんなで見るよ! 0.5歳記念だからね!」
[十七歳だったのでは?]
[赤ん坊だったか。納得した]
「いま『納得した』ってコメントした人、覚えたからね? 明日起きたらひきがえるになる呪いをかけとくからね」
[ひっ]
[圧こわ]
[バーちゃんになら呪われたい]
そんな茶番をこなしつつ、私は事前に選んでおいた自分の切り抜き動画を配信画面に流す。
最初に選んだのはデビュー配信である。
[ういういしい]
[この頃はまだ正統派]
「まだって何? 今でも正統派ヒロインポジなんだけど?」
しっかり清楚キャラでやってきたはずなのに、うちのファンはすぐに私を色物扱いする。
切り抜き動画は、初配信で話した好きなアニメの話題になった。
私があげたのは『ギャラクシーナース』だ。
当時も今も、私の魂に深く刻まれた作品だ。
この作品がなければ、声優を目指して挫折することも、VTuberになることもなかった。
[いやあいいよね『ギャラナス』。小学生の頃、夢中になって見てたなあ。視聴者に勇気と愛を与える感動冒険活劇だよね]
うんうん、当時の私はいいことを言ってるなあ。
ギャラナスは全世界の人類に見て欲しい。
[この頃から変なこと言ってる]
[正統派の時期なんてなかった]
[高校生の頃、の間違いでは?]
コメント欄の反応おかしくない!?
特に最後のヤツ。なぜか私はアラサー扱いされることが多い。
すっかり、アラサーだけど十七歳という設定でやっているVTuberということにされている。
ほんとに今年で十七歳なんだけどなあ。
「宇宙をまたにかけるナース達が、戦闘機で戦いながら、ちくわになったり、殺人バレーをしたりする話だよ!? 生きる希望が湧いてくるでしょ!」
[なにそれトンデモすぎん?]
[不条理ギャグアニメの間違いでは?]
むう……みんなわかってないなあ。
たしかに、一緒に見てた航や晴香はゲラゲラ笑ってたけどさあ。
「主人公のランランが水星の高校に潜入捜査するはずが、番長を倒してしまって新番長になるラブコメ回なんて、涙なしには語れないよ! ナースキャップで黒板を消すシーンなんて、ぼろ泣きだったからね」
[小学生がアニメ見て泣くことなんてある?]
[やっぱり年齢詐称か]
[みそじさんお疲れ様です]
[好きな歌が昭和だしなあ]
[ナース設定どこいった?]
[この『消す』って、ほんとに黒板を消滅させてるからな]
[ランランはサブヒロインのはずなんだが、バイオレットの中では主人公なのか……]
[白羽ゆりかのデビュー作にして黒歴史]
「みんな私のファンなのにギャラナス見てないの!? 見て! 今すぐ!」
[配信みるのやめていいの?]
「いいよ! ギャラナスに勝る配信なんてないよ!」
[言い切った]
[正統派とは?]
そんなこんなでデビュー半年記念配信は楽しく過ぎていく。
サムネの用意や、こういった企画もVTuberのお仕事だ。
その他、事務所が持ってくる案件や3Dライブの準備など、色々とやることがある。
放課後のほとんどの時間は、Vtuberの活動にとられてしまう。
今頃、航と晴香は仲良く私の配信を見ているのだろうか。
はぁ……私ってばなにやってるんだろう。
晴香は声優としてがんばってて、航は学年トップクラスの成績。
それなのに……。
ううん、違う。
ファンのみんなは私の配信を楽しみにしてくれているんだ。
集中しないと申し訳ない。
今日もいっぱい失敗してしまった。
リスナーからは、狙ったわけでもないボケへのツッコミもいっぱいもらってしまった。
晴香ならもっと上手くやるんだろうけど、私は私なりにがんばるだけだ。
何より、私の配信を航が褒めてくれている。
今まで何をやってもダメだった私だけど、これだけはがんばるんだ。
……でもそれだけじゃあ、きっと私だけが三人の中で置いて行かれてしまう。
そんなのイヤだ……。ぜったいに。
その時、私の脳裏にうかんだのは、同じ事務所のVTuberが防音のために引っ越したというエピソードだった。
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