第2話 中村航:幼馴染を応援したい(2)

 その日の夜、オレはいつものように二人分の夕食を作っていた。


「ただいまー」


 ちょうど料理ができあがる頃、玄関の鍵を開けて晴香がやってきた。


「んん~いい匂い。今日は久しぶりにスープカレーかな?」

「鶏手羽元が安かったからな」

「やった! 楽しみ~」


 勝手知ったる他人の家という感じで、晴香はブレザーをハンガーにかけ、洗面所で手を洗うと、テーブルについた。


「ちょっと聞いてよー。今日さ、MeTube用の番組タイアップ配信動画撮影だって言ったじゃない? ディレクターの無茶ぶりがすごくてさあ。やっぱり顔出しでアドリブのあるお仕事は向いてないんだよねえ」

「そうかもな」

「ちょっとー、そこはフォローするとこじゃない? ちゃんと乗り切ったんだからね! 配信楽しみにしててよ?」

「おう、見る見る」


 冗談めかしてはいるが、晴香が中二でデビューして以来、そのことにずっと悩んでいるのを知っているので、反応に困るのだ。

 仕事としてやっているコイツに、てきとうな慰めなんてしても無意味だろうしな。

 親の脛をかじっている身としては、先に社会に出た幼馴染にかけてやれる言葉はみつからない。

 何を言っても軽い言葉に思えてしまう。


「まあこれでも食べて元気だせよ」

「わ! ターメリックライス! スープカレーにはこれよね。レーズンは?」

「もちろん用意してある」


 晴香はスープカレーの時、らっきょうや福神漬けの代わりに、なぜかレーズンを添えるのだ。

 このセットが、晴香の好きな食べ物ランキングでベスト3に入る。

 ちょっと手間のかかる料理ではあったが、動画撮影の仕事だと聞いていたので、今夜はこれにしたのだ。


「航、ありがとね」

「なにがだ?」

「ん~? ごはん作ってくれて」

「いつものことだろ。ちゃんとご両親から材料代はもらってるしな」


 もともと仕事で留守がちだったうちの両親はオレが高校入学と同時にそろって海外赴任中、おとなりの日向家の両親も夕食時間にはなかなかいられない仕事をしている。

 ということで、高校入学と同時に晴香はうちで夕食を取るようになったのだ。


「そうなんだけどね。航はすごいなって」


 なぜか晴香は少しさびしそうな顔をした。


「晴香の方がすごいだろ。立派にプロの声優として働いてるんだ」

「えへへ……」


 最近晴香はオレの前で、この曖昧な笑みを浮かべるようになった。

 ファンやクラスメイトみんなに好かれる晴香とは違う、何かを誤魔化すような笑み。

 この顔を見ると、胸の奥がしめつけられそうになる。


「葵の配信がはじまっちまう。観ながら食べようぜ」


 オレはテレビをMeTubeに合わせる。


 選んだのは『バイオレット・S・アンイルミチャンネル』だ。

 2Dや3Dのアバターを使って配信を行うバーチャルMeTuber、いわゆるVTuberのチャンネルである。


 生配信開始まであと一分。

 今は『デビュー半年記念配信』と書かれたサムネイルが表示されている。


「すご……同接視聴者が三万人もいる……」


 晴香が驚くのも無理はない。

 まだ配信開始前だと言うのに、すでにそれだけの人数がチャンネルを見ているのだ。

 テレビタレントでさえこの数字を出すのは容易ではない。


「三人でご飯を食べなくなって、もう半年なんだな」


 高校一年の前半まで、うちで毎晩開かれる夕食会には葵もいた。


 葵の家はとなりの高級マンションなのだが、幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いだ。

 うちの両親が海外赴任になる際、それならばということで、葵も一緒にうちで晩ご飯を食べることになったのだ。


 しかし彼女はこの時間、忙しくなってしまった。

 バイオレットとしての活動をするためだ。


 同時に晴香と葵はどこか気まずそうにするようになった。

 幼馴染達の活躍は喜ばしいことなのだが、ちょっと寂しく思ってしまう自分に罪悪感を覚える。


 幼馴染ががんばっているんだ。

 全力で応援してやらなきゃウソってもんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る